4.就活の蹉跌
僕はいつもそうだ・・・肝心な時にいつもドジばかりする。運動会のリレーの大会の時にバトンを取り忘れてそのまま走り続けてしまい、横から先生に怒鳴るように言われていたが気づかずそのままゴールしてしまい、結局、無効でビリという結果になってしまいチーム全員に迷惑をかけたことがあった。昼休みに校庭にある小さい池にいるタニシやら金魚を不思議そうに観察していたら、夢中になり過ぎていつの間にか体ごとドボンと池に落ちてしまい、水浸しの格好で廊下を歩いていたら先生がびっくり仰天してかけつけてきて、母親が着替えを持ってくるようにと呼び出されて大慌てで学校まで来た、という記憶まである。中学に入ってからもとにかく周りからは浮いていた。周りは校庭などで昼休みとかにスポーツをしている子が多かったが、自分は趣味の合う子たちとだけ群がって今週読んだジャンプとか漫画やアニメの話ばかりしていた。高校に入ってからはテニス部に入っていたが運動はからきしダメで女子部員からもからかわれることがあったほどだった。大学に入ってからも仲の良くなった友達といつもたむろしていたが、よく講義が終わった後に教室に忘れ物をしたり、課題やらレポートを忘れそうになって友達からからかわれることが多かった。
「修一、そんなんで社会人なってから大丈夫か?心配だよほんと・・・」
そして、それは予感的中したのだった・・・
「それで・・・これからどうするんだ・・・」
父立彦が単刀直入に聞いてきた。
三人で食卓を囲んで夕飯のビーフシチューとポテトサラダを食べていた。
「ちょっとあなた・・・何も今聞くことないじゃない?夕飯時なんだから・・・」
母の尚子が父を説得するかのようにそう言ってきた。
「うん・・・そうなんだが・・・食べ終わったら修一部屋にまた籠ってしまうからな・・・」
図星だった・・・
会社をクビになって以来、父とはまともに会話すらできてない。というか・・・話したくなかったので夕飯時以外はほぼほぼ自室に閉じこもっていた。
「今のところ就活しようと思ってるよ・・・」
僕はまた嘘をついた。
本当はもうあれから10社ほどは密かに隠れて受けていたのだが、一向に受からず焦りが見えていた。だからこのことだけは何としても父親にはばれたくなかったのだ。
「そうか・・・まあ・・・それならいいんだがな・・・」
立彦は少しだけほっとして肩をなでおろしたように見えた。
「ごちそうさま」
これ以上突っ込まれたことを聞かれるのはまずいという予感しかなかったので、さっさとその場を離れる作戦にでた。
急いで食器を片づけると早歩きのごとく自室にまたこもった。
部屋に入るとまた仰向けになり質素で素朴で何のデザイン性も感じられない白い天井をぼんやり眺めていた。そして、穂乃花の予感が的中したことを今更ながらに恐怖を覚え始めていた。
「だって・・・こんな大ニュースになったら経歴に響くし・・・それに、今のこのご時世いくら隠してもネットやSNSであっという間に拡散されてしまっているかもしれないし・・・」
彼女にそう言われた一言が今ずしりと自分の肩にのしかかっている。何社目か忘れたが大手の銀行の面接試験の時に確かにそう確信せざるを得えないようなことを言われた。
「君は・・・こんな大手の優良企業を三年でやめるなんて・・・何かあったのかい?」
僕ははっとした・・・何か勘繰られているのだろうか?はたまた真実を知られてしまっているのだろうか?
「いえ・・・特に何もありません」
精一杯そう答えたが、面接官は容赦なかった。
「いやいや・・・別にそれならいいんだけど・・・野間証券で大ニュースがあったと思うんだけど・・・それともしや関係してないかと思ってね・・・」
その質問で僕はドキッとした・・・もしや・・・?と思った。
「それが何か関係があるのですか?」、
精一杯落ち着き払う素振りを見せながらかろうじてそう答えたが、僕の胸は動悸でバクバクしそうになっていた。
「いや~ちょっとした虫の知らせってやつさ・・・」
「虫の知らせ?」
「うん・・・何やらテレビのニュースを見ていたらその例の事件を起こした若手社員は25歳だって言うし・・・君とちょうど同い年だよね・・・しかも同じ時期に会社を偶然辞めいている・・・」
思わずはっとした・・・一体どこまで知られているのだろう?
「いや・・・関係ないならいいんだけどね・・・」
僕はさらに動揺し始めて何も話せなくなっていた。
「まあ・・・つまらない話をしてすまなかったね・・・それでは志望動機を聞かせてください。」
そう言われたが、僕はすでに頭の中が真っ白になっていてどう受け答えしたかも分からないまま面接は終了した。
天井をボーっとながめながら修一はそんなことを思い出していた。
そして極めつけはSNSでの投稿内容に数日前に気づいてしまったことだった。穂乃花が言った通りネットにはそこら中に悪意が満ちていた。
「野間証券の若手社員がヘマしてくびだってよ」
「あの例の事件のやつ?」
「バカだよね・・・せっかくのエリートの肩書を」
「俺だったらそんなおいしいエリートの道わざわざドブに捨てるような真似はしないね・・・」
「言えてる・・・ほんとアホだなこいつ・・・多分勉強バカなんだろう・・・」
「こいつの名前ネットにさらしてやろうぜ・・・」
「そうだな・・・エリート気取りがいい気味だ・・・これからは苦労しやがれ・・・」
「S.Kさんで~~~っす!!!」
「あははは、言っちゃったね!ご愁傷様です」
「お勤め・・・ご苦労様でした。」
「あはははは・・・」
あはははは・・・・あはははは・・・あはははは・・
そんな笑い声が天井の上の裏側まで響いていきそうな勢いだった。
そんなネットの書き込みを今更ながら恐ろしいと再認識した・・・
そして、僕は冷静に考えてこの情報が一体どこから流出したのだろう?と思った。
僕は会社を実質的にクビになった時には
「退社後も会社において知りえた情報については一切口外してはならない。」
とわざわざ誓約書みたいなものを半ば強制的に書かされたというのに、自分はなぜこんな情報を晒されているのだ・・・?
そもそも、野間証券を実質クビになった後に法律に詳しい知り合いに聞いたのだが、会社が懲戒解雇にあえてしないというのは後々訴えられたくないという本音があるそうなのだ・・・まあ、自己都合退社の方が再就職する分には差し支えない処分なのだが、どの道世間にばれているのでは同じことなのだ・・・
そして、こんなことをしでかすやつらを許せなかった。
国枝と柴田と同じ部署の先輩しか知れない情報だったので、大方その三人のどれかが口をすべらせて、それを聞いた悪意に満ちた誰かがネットに晒したのだろう・・・
「もうやめてくれ・・・」
いい加減にしてくれと思った。この世の社会の悪意にうんざりした。
そして僕は穂乃花に久しぶりにLINEしてみた。あれから何度かLINEしてみたが、既読になっているだけで一向に返事はなかった・・・
しかし、予想以上に彼女からの返信は早かった。あまりに早すぎたので驚いて飛び上がりそうになった。
「ごめん・・・修一・・・あれから色々考えたんだけど・・・もう会わない方がいいと思って。修一とは結婚のこととか将来のこととか考えていたから・・・だからあまりにショックで。何ていったらいいのか分からないけど・・・ごめんなさい。」
そんな文章がそっけなく返ってきて僕は一体どうしたらいいのだ?と愕然とした。
あまりにも悲しい・・・
そう思った。
そしてそれからまた一か月ほど立ったが、一向に就活はうまくいかなかった。
「どうだ・・・修一・・・就職の方うまくいってるか?」
時折、父立彦は心配しながらそう聞いてくれたが、僕は就活が何度やってもうまくいかないストレスや不安と穂乃花にまで捨てられたショックがあまりにも大きすぎて
「うまくいってるわけないだろ!もうほっといてくれ・・・」
自室までわざわざ来てある日の晩にいつものように聞いてきた父親がうっとおしくなって怒鳴りちらしてしまった。
立彦は少しだけイラっとしたような表情を見せたが
「そうか・・・まあ、そろそろ夕飯だから下におりてきなさい。」
そう言ってきた。
「うん。」
僕はそう返事した。
「まあ・・・あれだ・・・ちょっとばかし話がある・・・」
そう言い残して立彦はリビングのある一階へと下りて行った。