サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

6.恋のリスタート

 

「え~25歳?修さん僕と同世代・・・?」
「うん・・・そうだと思うよ。」
勤め始めて2週間くらいたったある日、急に僕の歓迎会が行われた。
蒲田の駅から徒歩7、8分くらいにある繁華街のとある居酒屋でみんなすでに酔い始めていてさっそくどんちゃん騒ぎが行われていた。
僕にそう聞いてきたのは工場の作業員の哲というやつで同い年だった。何でも、親が離婚して母親しかいないらしくて、貧困家庭育ちなのか大学もろくに行かれなかったそうだ。なので、高卒でこの水川ネジに入社してそれ以来ネジの製造現場一筋の職人人生を歩んできたらしい。だから25歳といってももう7年目のベテランでどこか貫禄があるうえに、おまけの若いのにもう結婚しているらしい。
 気さくなやつでまだ何度か会話した程度の中なのに修さんと呼ばれまでになっていた。
ハイボールが大好物だそうで、すでに5杯目くらいまで飲んでるらしい。
「おい、いくら金曜だからって飲み過ぎだぞ。奥さんにまた注意されるぞ!」
そう横から説教し出したのは生産管理の茂木先輩という人で、毎日彼から修一は色々仕事のことを教わっていた。何でも、新卒で入った中堅の会社で生産管理をやっていたが先輩や上司と馬が合わずに半ば喧嘩しそうになり辞めてこの会社に拾ってもらったそうだ。
「え~茂木さん、それはナッシング。怒られるのは勘弁。注意じゃなくてチューならほしい!」
すでに酔い全開になっているようだった。
「ったくしょーがねーな、こいつは・・・」
もうすでに潰れているかと思ったら
「修さんって、ジャンプとか読んでました?」
いきなりジャブをくらわすような不意打ちの質問をしてきた・・・
「うん・・・読んでたよ。小中学生の時は毎週欠かさず読んでた。」
「やっぱり!同世代だもんね・・・あとエヴァンゲリオンとかは?」
「うん・・・マンガは読んでないけど、アニメは見てたよ。」
「やっぱり!同世代だな~」
そう言いながらまたもやハイボールをグイっと飲み干したらいきなりテーブルにふせて眠りこけてしまった。
茂木先輩が哲に向かって
「おい・・・ったくしょーがねーな」
そう言って水を哲のためにもってきてもらうようにウェイターに頼んでやった。
僕の周りはこんな感じで騒々しい限りだったが、隣のテーブル席では水川社長と亀山工場長と社員の何人かが話し込んでいた。また、一番端の席では水川社長の娘が座っていて、何やら工場長と色々と会話をしているようだった。
確か、水川琴っていったっけ・・・
社長から以前紹介されたときに確か同い年だって聞いた。
社長はお世辞にも風貌がいいとは言えなかったが、娘は父親とはまったく似ても似つかぬ感じで、美人とまでは言えなかったが清潔感があってどことなく綺麗な雰囲気だった。おまけに性格も優しそうで、自分が勤務してまだ3日くらいの時にオフィスの会議室の場所が分からず廊下をうろうろしていたときに
「あ・・・形見さんこっちですよ・・・」
と親切に案内してくれた。
それ以外にも、オフィスの書類のある場所や電話やFAXやコピー機の使い方、その他色々な仕事上のことを世話してくれていた。
「ありがとう」
と一言だけいったが彼女は軽く会釈しただけだった。
そんなことを考えていたら水川社長がいきなり立ち上がり
「じゃー諸君!形見君の入社を祝って最後に一本締めといきますか!」
そう言いだすと
「え~社長、一本締めなんて古いっすよ!」
哲が酔いがさめたのかいきなり起き上がってそう叫んだ。
「まあまあ・・さあみなさん立って立って!」
社員一同起き上がった。といってもこの会社はほとんどが工場の作業員なのだが・・・
社長と娘の水川琴と茂木先輩と僕以外は事務の社員はあと数名いるだけで他はパートのおばさんくらいしかいなかった。それ以外は亀山工場長を始めとする作業員10数名で成り立ってい本当に少数精鋭の零細企業だった。
全員立ち上がって
「パパパン、パパパン、パパパン、パン」
めでたく一本締めは終了して僕の歓迎会はお開きになった。


 それから、2か月ほどたったが、修一は仕事を順調に覚えていた。元々物覚えはいいほうだったから仕事は一度聞いたらすぐに理解した。そして、この数字を扱う生産管理という仕事は自分には案外向いているのではないかと思った。茂木先輩は要領のいい修一を気に入っているようでとても丁寧にかつ親切に仕事を教えてくれた。また、そんな修一を見て水川社長もご機嫌な様子だった。
そして、ある日社長に
「修一君・・・事務所の外にある花壇の花に時々水をあげてくれないか?なんか枯れそうになってしまう時があって・・・」
などと言われて頼み事までされた。
修一は社長に信頼されていると思って喜んで引き受けた。

 そして、ある日の昼休み・・・
修一は社長に言われた通り花壇の花に水やりをしていた。日射しが照っていたためじょうろで水をあげると、虹がかすかにうつった。すると、たまたま後ろを通りかかった社長の娘である水川琴が話しかけてきた。
「お父さんに言われて水やりしてるんですか?」
彼女はそう聞いてきた。
「うん・・・・・・まあ、そうですね・・・」
「私この青のアジサイ好きなんですよ・・・」
「そうなんだ・・・」
「うん・・・とっても綺麗だし・・・それにこのアジサイ花言葉知ってます?」
「ううん・・・知らないですね・・・」
彼女は急に花の話をし始めた。
アジサイって色の種類ごとに花言葉が違って青のアジサイは冷淡、無情、浮気なんです」
「え・・・?」
僕がそう聞き返すと、彼女はくすっと笑った。
「おかしいでしょ?全然綺麗じゃなくて・・・」
僕はいきなり彼女にそう言われて
「そう・・・ですね・・・確かに・・・」
そう返事するより他なかった。
「でも・・・この花言葉は別の意味もあって・・・辛抱強い愛って意味もあるらしいですよ。」
彼女はまたそういった。
「それじゃ・・・全然別の意味じゃないですか・・・」
「そうなんですよね・・・だから不思議っていうか・・・でも、これにはあるエピソードがあって・・・」
「エピソード・・・?」
僕が何のことだか分からないといった感じで目を丸くしていると、彼女はまたくすっと笑うように
「それは・・・秘密・・・また今度お話しましょう・・・」
そう言ってきた。
「秘密って・・・何ですか、それは・・・」
僕は不意をくらったような形になったの思わずそう捨て台詞みたいに吐き捨ててしまったが、彼女はまったく意に反せず
「ねえ・・・形見さんって頭いいんですよね?」
と急に聞いてきた。
「え・・・?」
一体何のことやら?と思った。
「何か一流大学出てて野間証券さん・・・?私あまりエリートの世界とかよく分からないけど、そこにいたって・・・」
彼女はどうやら僕のことはある程度すでに知っているようだった。というか社長の娘なら家でそんな話は当然するだろうし、そもそも社員さんなんだから新しくやってきた新参者の経歴くらいは軽くチェックするのは当然だろう。
「まあ・・・でも実質クビになったんですけどね・・・」
僕が下を向いて恥ずかしそうにそう答えると
「まあ・・・人生長いですし・・・そんなこともありますよ。」
彼女は優しくなだめるように僕にそう言ってきた。
「私なんて頭悪いですから・・・」
今度は逆に彼女が下を向いた。
「そんなことはないんじゃ・・・」
僕が慰めるようにそう言うと
「形見さん優しいんですね・・・」
いきなりそんなことを言ってきた。
「え・・・?」
完全に彼女のペースに持っていかれそうになっていた。
「じゃあ・・・優しいついでに頼み事聞いてもらっちゃおうかな・・・」
「頼み事?」
僕は何のことだか分からなかった・・・
「私事務の他にも経理とかやってて・・・お父さんに任されてはいるんですけど、まだまだ勉強不足で分からないことだらけなんですよね・・・」
彼女はそんな自分の仕事のことを話し出した。
「だから・・・よかったら今度教えてもらえないかなって・・・どうですか?」
彼女は僕の顔を覗き込んで確認するかのようにそう聞いてきた。
「うん・・・いいですよ・・・僕なんかでよかったら・・・」