サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

11.宣告

 

自宅に帰って来たのはさほど昔のことではなかったが、修一にとっては途方もないくらい時がたった後のように思えた。相変わらず変わらない殺風景な家の周りの景色と、実家の質素とも派手とも言えないちょうどいい雰囲気のリビングを見るとほっとしたような感じもしたが、又もや人生が何事もなかったかのようにまるで振り出しに戻ったかのようにも感じられた。タイムスリップにも似たような感覚を覚えた。そして、今父立彦にあの野間証券の事件の時と同じように自分はまた責め立てられるのではないか、と修一は危惧していた。

「仕事・・・クビになったんだってな・・・」

そら来た・・・と思った。

修一はあえて反抗するかのように何も返事はしなかった。

「琴さんも家を出てったそうだな・・・」

どこでどうやって知ったのか分からないが父はすでにすべてお見通しだったようだ。

さあ・・・これからいつぞやの時にようにまた説教が始まるのだろうと修一はうんざりするように身構えていた。すでに自分の心はズタズタに引き裂かれ、最近までわずかばかり残っていたちんけなプライドもすでに枯れ果てていたので、もうあの事件の時のようにいちいち動揺しなかったし、それゆえに何も驚きもしなかった。

「水川さんな・・・修一に謝りたいと言っていた。」

え・・・?

いきなり話題が変化球のごとくガラッと変化したのでその場の空気まで一新されたかたのようだった。

「なんでもな・・・修一に辞めてもらえば、娘の琴さんは結婚をきっぱり諦めて中絶してくれるとすっかり信じ込んでいたそうだ・・・あるいは・・・本当に好きだったらな・・・二人でどこか遠くへ言ってでも結婚生活は続けるだろうと・・・」

何やら話が急転換していて修一は会話に頭がついていっていなかった。

「どういうこと・・・?それって社長から・・・直接聞いた話なの?」

自分はようやくそう話を切り出すかのように聞くのが精いっぱいだった。

「うんまあ・・・先日電話があってな・・・水川さんもな・・・修一には悪いことしたって大変申し訳ないことしたって、電話越しに何度も謝られたよ。ただな・・・会社が倒産すると社員や社員の家族全員の生活がかかってるからな・・・経営者としてはやむを得ない事情だったんだよ。だからこそな・・・娘さんも納得して結婚を諦めてくれると思ってたそうだ。あるいは・・・それでも本気で好きなら二人で駆け落ちでもするのかなって・・・」

駆け落ちって・・・大げさな話だ。しかし、それが社長の考えだったのか・・・

「でもな・・・困ったことにそのどちらでもなかった。」

どっちでもなかった?確かに、彼女はアパートを出る時に「実家に帰る」と言っていた気がする。しかし、離婚するとは言ってなかった。あれから心配で琴に何度か連絡を取ってみたものの一向につながらなかったので修一にはあれ以来の諸事情を知る由もなかった。

「どちらでもなかったって?」

「お前・・・琴さんとは何も連絡取り合ってないのか・・・?琴さんは実家にも戻っていらっしゃったんだぞ?」

「それは・・・知ってるよ・・・」

僕はそれだけ答えた。

「まあ・・・それはともかく・・・彼女な・・・しばらくは実家に帰ってたそうだが・・・水川さんが、離婚のことや中絶の話をするとひどく怒ってしまったそうだ。それでな・・・じゃあ一緒にこれからどうするんだ?って聞いたが、それもまた怒ってしまってついに家を出ていってしまったそうだ・・・」

「ちょっと待ってよ・・・じゃあ・・・琴は・・・琴は今どうしてるんだよ?」

 僕は身を乗り出すようにして父親にそう聞いた。

「それは・・・分からない・・・いくら電話しても連絡がつかないそうだ・・・」

何だそれ・・・行方をくらましたってこと・・・?

「ちょっと待ってよ・・・まだお腹に子供がいるんだよ・・・どこに行ったっていうんだよ・・・」

父立彦も心配そうな顔をしてため息をついた・・・

「まあ・・・お前が心配する気持ちも分かる。でもな・・・お前や水川さんがいくら電話しても連絡がつかないということは、恐らく誰とも会いたくないということなのだろう。」

「誰とも会いたくないって・・・」

そんな・・・僕は心の中でそうつぶやくように言った。

「でもな・・・まあもういい年した大人なんだし、きっとどこか知り合いの家にでも泊めてもらってるのだろう。それでも連絡がつかないなら警察に届け出してもいいし・・・」

「そんな・・・」

 結婚式の時に来ていた高校時代の仲間たちのどこかの家にでも泊まっているのだろうか・・・?でも、いくら昔からの友達とは言え、そうそう長くいられる訳がなかった。琴のことがますます心配になった。そして、何より彼女が今必要なのは自分ではなく友達なのだと思ったらよけい悲しくなったし、そしてまた自分が情けなくなった。

「それはこっちで何とかするから・・・まあお前も時折彼女に連絡取ってみるなりしてくれればいい・・・」

「そういう問題じゃないだろ・・・」

自分は少し切れてしまいそうになって怒鳴り気味に言った。そうすると父も急に怒り出した。

「じゃあ・・・何か・・・今からお前が全国をかけずりまわってでも探してみるか・・・?本当にその覚悟があるのか?」

父立彦に痛いところをつかれてしまい、修一は何も言えなくなってしまった。

「それは・・・」

僕はそこから先言葉に出すのが怖かった。

「ほらみろ・・・お前はまず自分のことを何とかするのが先じゃないのか・・・?そもそもお前が不甲斐ないからこういう事態を招いたことが分からないのか?」

「・・・・」

父立彦の意見が最も過ぎて僕は再び黙ってしまった。

「それはそうと・・・お前にもう一つ重大な話がある・・・」

 重大な話・・・?琴とは違う話・・・?何だそれ・・・

「それって・・・琴と関係あるの・・・?」

僕がそう聞くと

「いや・・・これは直接は関係ない。お前自身の問題だ。」

僕自身の問題?

「いやな・・・最近巷で噂になってるそうだがな・・・なんていうかその・・・脳の障害らしいんだが・・・その、水川さんも言ってたが・・・発達障害というやつか・・・?彼の妹さんの息子さんも実はそれなんだそうだ・・・それで長いこと不登校になっていてほとほと困っているそうだ。だからな・・・水川さんも、もしかしたら修一くんもそうじゃないか?って・・・それで電話越しにとても心配されてた。」

 発達障害というのは修一も一度や二度くらい聞いたことはあった・・・確か、生まれつきの脳の機能障害か何かで得意分野と不得意分野に激しい差が出る病気のことだ。しかし、まさかそれが自分だとは・・・?

「いやな・・・彼は修一がミスばかり頻繁に起こすのがとても信じられないというんだ。真面目で仕事熱心で物覚えもいいし気もきくし・・・何よりかれはお前の誠実な人柄が好きだそうだ。だからこそな・・・そういう些細なケアレスミスばかり発生するのが腑に落ちないと思ったそうだ。」

父、立彦がそう言うと僕は何も言えなくなり下をうつむいたまま黙ってしまった。

「まあ・・・あれだ・・・これから先のことも考えないといけないし・・・一度病院で診てもらった方がいいんじゃないのか?」

 父がそういった途端に自分でもそうじゃないかと段々不安になってきた感覚だけは修一自身分かった。嫌だが自分のためにはっきりさせるしかないのだろうか・・・?

 あの日以来、修一は自分の発達障害が気になって仕方がなくなったのでさっそく以前通っていた精神科である宇月クリニックの予約を取り、発達障害の検査を受けることにした。正直なところ、心のどこかではこんな検査は受けたくないとは思っていたが、はっきりさせないことには先には進めないような気がした。そして、これは何よりも自分のためでもあった。

「お久しぶりですね・・・形見さんですよね・・・確か・・・」

宇月医院長は修一のことを覚えてくれていたようだった。野間証券で事件を起こしてクビになってからしばらく不眠が続いていたため半年ほど通院していただけだったが、覚えてくれていたのはいささか嬉しかった。

発達障害の検査ですよね・・・?」

「はい・・・」

僕は一体何の検査をするのか聞いてみた。

「いや・・・これはそんなに難しい検査ではないのですが、簡単なペーパーテストと、面接官と一対一でやり取りしながら図や絵を見て判断してもらうテストです。概ね小一時間もかかりませんから・・・」

「そうなんですね・・・」

僕は不安になりながらもそのテストを受けた。

宇月医院長の言った通り本当に短いテストだった。ペーターテストの他に、面接官に指示された通りに図や絵を見ながら何らかの回答をするような形式のいたって簡単なものだった。こんなんで本当に結果が分かるのだろうか・・・?

「結果は、1週間後に出ますからまたご予約ください。」

そして、結果はでた。

結果は・・・発達障害と出た。

「重度というほどではないですが、多少ADHDの傾向が見られます。ですが、ほとんど軽症の人ならテストの結果には反映されることはまずないですので、病名がつくほどの特徴は見られます。」

ADHDというのは注意欠陥・多動性障害というもので、興味のあることにはとことん集中してしまうが、興味のないことには注意がいかなくなり落ち着かない症状が出る病気で発達障害の一種らしい。普通は、幼少期か少なくとも学生時代に症状が現れるので学業不振に陥ったりすることが多いため多くの親は気づくそうだが、まれに勉強が興味あることである場合があるらしく、そういう子は学生時代は成績が優秀であることが多いため大人になるまで気づかなことがほとんどだそうだ。

宇月院長にそう言われたときのショックははかりしれなかった。

「今まで、さぞ辛かったでしょう。」

そう言われてほっとしたと同時に不安もよぎった。

「あの・・・これから・・・どうすればいいでしょうか・・・?」

そう言われて宇月医院長は困り果ててしまった・・・

「そうですね・・・そう言われても私には何もアドバイスできることはありませんが・・・最近は障害者雇用などを積極的に行っている企業も増えてきていますし、頑張り次第では障害者でも正規の社員よりも仕事が評価されて年収が高い人までいます。それに・・・発達障害というのは得意不得意が激しいですので、自分の強みを見つけられればそれを専門の仕事にされている人もいます。」

宇月医院長にそう言われてみたものの何をどう頭を整理すればいいのか分からなかった・・・・

「大丈夫ですよ・・・今は発達障害のコミュニティーとか福祉関係の機関がたくさんありますから・・・何か困ったことがあればいつでも相談に乗ってもらえますから。」

 医院長はにっこり微笑んで僕にそういった。

「ありがとうございます・・・」

 僕はお礼を言って病院を後にした。