サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

12.美のタカラモノ

 

あの後、僕はどこをどう通って家路に向かったのかも覚えていなかった。

正規社員にはもうなれない・・・?頑張ったら仕事で評価される・・・?それは一体どういうことなのだろう?と修一は思った。よしんば頑張ったとしてもそんな人生に明るい未来などあるのだろうか・・・?そして、得意なことを見つければそれを専門の仕事に・・・?

まったく現実味を感じないような話だった。思えば、勉強一筋で来た極平凡でつまらない自分に誰が見てもはっと驚いてくれるようなそんな特別なものなどあるのだろうか・・・?

 そんなことをうつむきながら途方に暮れながら色々と考えていたら、僕はついに迷子になった。いったいどこを歩いてるんだろう?ここはどこだ?そして、気がついたら都心のどこかの駅から少し外れた綺麗で静かな住宅街を彷徨い歩いていた。そして、ふと何かが目にうつった。

「日本美の神髄~ガラスの富士百景の世界~」

何やらガラス工芸というのかガラスアートというのかよく分からないが、修一の日常の生活とはほど遠い世界に見えた。何やら美術の企画展だか展示会のようなものらしかった。よく見るとそこは小さなちょっとした美術展が開かれている会場のようなものになっていた。そして、それは誰かの豪邸のような感じだった。どうやらそこを借り切って催されているようだった。

しばらく修一は何の当てもなくそこを入るでもなく帰るでもなくぼーっとして立ちどまっていた。すると、案内係か観覧用のチケットを販売する人なのか知らないけどオバサンらしき人が自分に声をかけてきた。どうやら会場の周りをうろついていたかと思ったらいきなり立ち止まったままだった僕のことを、多少不審に思ったのか気になったらしい・・・

「どうですか・・・?見ていかれますか?ご興味あれば・・・よかったらどうぞ・・・」

そう言ってきた。

どうやら不審者だと思われた様子ではないようだった。

「いえ・・・ただ、ちょっと気になっただけで、その僕は・・・」

突然のことなので戸惑ってしまった。

「素晴らしいですよ・・・片山廬山先生の風光明媚な美しい富士百景のガラスアート企画展です。」

 片山廬山というのは聞いたことのない名前だったが、どうやらこの企画展の出品者らしい。

「あの・・・」

僕が躊躇しているとオバサンは

「まあ・・・先生の作品はとっても有名なんですよ。「ガラス工芸の北斎」とまで異名を持つ方ですから・・・ですから、これは先生の代表作品なんですよ。」

まじまじと会場の中の様子を外から見ていた僕が美術に大変興味のある若者だと恐らく思ったのだろう。とことん積極的に勧誘してくる。

「え・・・じゃあ・・・それじゃ。」

そこまで言われると修一は思わず押し切られて会場の中へと入ることにした。

「え・・・とじゃあ2,500円になります。」

そう言われて僕は観覧料金を支払うと中へと誘われるまま入っていった。

「いっぱい勉強になることあるはよ・・・」

オバサンは恐らく僕が美大生とでも思ったのだろう。そんな風に明るく元気一杯に言われた。

後ろを振り返るとまだオバサンは僕に向かって笑顔を送っていた。

オバサンの勢いに押されて中に入っただけなのだったが、会場にはいると受付の人が立っていて

「観覧チケットはございますか?」

と言われたので、僕は荘厳な富士山とガラスの優美な絵が大きく描いてあったチケットを渡して端の方を切ってもらった。

「どうぞ、いってらっしゃいませ。」

僕は軽くお辞儀をして会場の世界へと入り込んだ。

会場はそこまで人がごったがえしてはいなかったが、そこそこの人数の観覧客が入っていた。

最初はそこそこの広さのホールのようなものがあり、そこに片山廬山のプロフィールが書いてある白い大きなボードのようなものが壁にかけてあった。美術館などで大方よく見かける類のやつだ。

(片山廬山(かたやまろざん、本名:片山巌(かたやまいわお)196〇年生まれ。日本のガラス工芸家。独自の表現法でもある廬山流の絵画の世界観をガラスアートに施し、魂の工芸家と称される。代表作は、ガラスの富士百景。そのため、「ガラス工芸の北斎」の異名をもつ。)

その先にも色々と、彼の生い立ちからガラスアートとの出会いや、大成するまでに至った道のりまで様々書かれていたが、軽く100行を超えていたため読み切れない思い、修一は途中で断念してしまった。そして、何よりも彼の作品をいち早くこの目で見てみたいという想いもあったのも確かだった。

 そしてエントランス付近の小さなホールを抜けて会場の中へと入っていくと、そこには見たこともないような美しい光景が広がっていた。

「すごい・・・」

修一は自分の目の前に広がる壮大な風景に一瞬で心を奪われた。これは、言葉では表せなほどの高揚感だった。そして魂ごとそちらへ吸い寄せられるかのように彼は一心不乱にかれの作品をみた。日本文化のような絵図のもの、自然の絵、ユニークで遊びのきいた絵などガラス細工の工芸品一つ一つに丁寧にそしてかつ優美に描かれていた。どれもタッチは繊細かつ大胆で、一瞬で人を引き付けるような何かが宿っていた・・・。それは、魂が宿っている・・・という表現ですらありきたりなくらいだった。魂が宿っている、というより自分の魂ごとそちらに引き寄せられてしまう、そんな世界観だった。

 修一は思わず感動して、普段は気にも留めなかったであろう街中の風景よりも遥かに熱心にそれをまじまじと見つめてしまった。作品を一瞬で素通りしてしまうのは何だかもったいないと思い、展示物一つ一つを丁寧に入念に分析するかのように見入ってしまった。

「・・・こんなの・・・初めてだ・・・」

ここ最近の修一は何かに感動することなどほとんど何もなかったのだが-少なくとも自分の頭の記憶にはなかった-この展示会でそんな気分は一瞬で吹き飛んでしまったようだった。そして、最後の方の大き目のホールには受付のオバサンが言ってた通り、富士百景の見事な絵が描かれた風光明媚なガラスアートの世界が待っていた。

 それは、まるで星空のプラネタリウムのステージに突然ワープして入り込んだような感覚だった。さっきとはまた別次元の異世界だった。そこにはすべての富士の美しい優雅な姿が丁寧にガラスに一つ一つ描かれていた。どれも、同じ富士山ではあるのだが一つ一つがまるで違う息吹を与えられているかのようで、それぞれどれも違った生命の美のようなものが見えた。そして、それは遠くからみても近くからみても別のような風景を味わえた。まさに日本文化の美だった。

「これは・・・本当にすごい」

凡庸な自分からは想像もつかない壮絶なアートの世界・・・

これがガラス工芸の神髄なのだろうか・・・

展示会はそこで終わりのようだったが、思わず会場を後にするのがもったいないくらいだった。もう一度会場の入口に戻って最初から見たいくらいだったが、さすがにそれは辞めて会場を後にすることにした。

「ガラス工芸の北斎・・・」

会場を出るときに修一は思わず口にしていた。