サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

14.覚醒

 

先生の予測はあたり、修一はみるみる上達していった。元々手先は不器用だったが、絵が好きだということもあり美的センスはいい方だったので型を取った後の作業工程については順当だった。

「すごい美的センスね・・・」

と一度先生に授業中にまたもや褒められたのだった。

 そして、予定通り発表会に参加することになったのだった。

発表会は、修一の通っていたクラスだけでなく、他の入門コースの生徒さんもいたらしく総勢で軽く10人は超えていた。

「これは娘に生まれたばかりの私のお孫さん用のヘアバンドです。といっても実物じゃないから身につけられたりはできないのですが、もう少し大きくなったらプレゼントしてあげようかと思ってます。」

小原さんはみんなの前でそう恥ずかしそうに発表し終わると全員が一斉に拍手をし出した。

「はい、ありがとうございます。とっても素敵な赤ちゃん用のヘアバンドですね・・・心がとても温まるような。色合いも綺麗な赤で・・・グラデーションも色鮮やかにできていますね。」

緑川先生がそう小原さんを褒めるようなコメントをした後に、さらに色々と作品についての感想や、もっと工夫した方がいい点などをつけたした。

「でも、小原さんよく三か月でここまでこぎつけましたね。私は途中で大丈夫かなと不安になりながらも小原さんのことを応援しておりました。」

先生がそう言うと小原さんは恥ずかしそうにお礼を言った。

「そんな・・・先生のおかげです。ちょっと形が不格好でみっともないですけど・・・」

「いえいえ・・・とても素晴らしいですよ。お孫さんが喜ぶ姿が本当に楽しみです。ありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

そう言うと小原さんは恥ずかしそうに自分の席へと戻っていった。

他の生徒さんはみんなもう一度拍手を送った。

「それでは、今度は形見修一さんに紹介してもらいましょうか。」

緑川先生が修一の方を見てきてそういったので、他の人たちが拍手をし出した。心の準備はある程度はできていたものの、途端に緊張してきた。やはりまだ早すぎたのではないか?と思った。それに、自分はどう頑張っても大勢の前で発表するのは苦手な性質からは抜け出せないのだと改めてそう感じた。先生にそう言われて心臓がバクバクしそうだった。

「あの・・・これは・・・」

緊張して喉から声がでかかったときに息がつまりそうになった。みんなの前で、しばらく沈黙してしまった。

「緊張しないでね・・・形見さん、深呼吸しましょう。」

 先生がそう言ったのでまわりは少しだけ笑ったようにみえた。

僕が少しだけ深呼吸してから話し出した。

「これは・・・虹色のガラスの容器で・・・レインボーカラーのグラデーションがうまくでてるか分かりませんが、そこを意識して作ってみました。」

 そこまで言いかけたら、その後何を話すのかあらかじめある程度考えてきた内容が頭からすっかり飛んでしまった。でも、深呼吸をしたおかげでそこまでは何とか説明できたようだった。

「素晴らしいですね・・・この色彩感覚は美しくてみなさんも思わず感動してしまいますよね・・・」

 先生が僕の緊張度合いを察知してくれたのかフォローしてくれたかのように思えた。

「形見さんはまだ習い始めてたったの3ヶ月なのにどんどん上達していて今後も楽しみです。」

先生がそうお褒めのコメントをしてくれた後、小原さんの時と同じく色々な視点で先生が僕の作品を考察してワンポイントアドバイスをしてくれた。

「それでは、形見さんありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

僕は、あらかじめ用意していた内容の半分も発表できないまま自分の番が終わってしまった。そして、自分の席に座ると次は他の生徒さんの発表の番だった。初日の時に一番目立っていたあごひげを生やした貫禄のある中年のおじさんだった。一度も話したことはなかったが、彼も毎週欠かさず教室に通っている熱心な生徒だった。あごひげのおじさんが話し出すと隣の席にいた小原さんがはなしかけてきた。

「修一君、とってもよかったはよ・・・」

そう褒めてくれた。

「たったの3ヶ月でこれだけの作品が作れるなんてすごいじゃない。センス抜群よ・・・将来緑川先生みたいにお教室開いちゃったりして・・・」

何だかベタ褒めだった。

「いや・・・ありがとうございます。」

 僕は気恥ずかしくなって頭をさすりながらお礼を言った。

「本当にそうですよ・・・」

誰がしゃべったのかと思ったらいつも教室で小原さんの隣に座っていたもう一人のおばさんだった。一度も言葉を発したことがないおばさんが初めて話した。少なくとも修一の記憶する限りではこの人の声は一度も聞いたことがなかったので正直驚いた。なんでも、この人は佐藤さんという名前らしく小原さんとはどうやら地元の知り合いで、小原さんが一人で行くのは少し不安だからとのことで、あまりに熱心に誘われたからついでに一緒に教室に通うことになったそうだ。

「ありがとうございます。」

 僕はさりげなく佐藤さんにもお礼を言った。

そして、一通りみんなの発表が終わると全員でテーブルを取り囲んでのお茶会を開こうということになり、しばらく歓談の時間となった。小原さんはお茶会の途中、しきりに修一のことを褒めてくれていて先生にも

「先生、修一君すごいですよね・・・」

と言ってくれた。

 しかし、その後は自分の孫の写真を持って来たらしく、友達の佐藤さんと春先生と一緒にわきあいあいとその写真をみながら楽しそうに会話をしていた。僕は暇になってしまったのでお茶を飲んでいたら隣に座っていた一度も話したことがなかったあごひげのおじさんが急に話しかけてきた。

「形見さんだっけ・・・すごいね、君は・・・」

いきなりそう言ってきた。

「ありがとうございます。」

何がなんだか分からないがとりあえずそうお礼を言った。

「俺なんかもう二年以上も通ってるのにさ・・・発表会に誘われたのは今回がやっと初めてだよ。」

どうやら、あごひげのおじさんは50代のカメラマンらしくて芸術に興味あるからとかでガラス工芸も習おうとしたらしい。

「じゃあ・・・今後は副業とかにするご予定なんですか?」

修一がそう言うと

「いやいや・・・とんでもない・・・もうセンスないって分かっちゃったから。それにさ・・・うちにいると女房と反抗期の息子がいろいろとうるさいんだは。」

 どうやら奥さんが鬼嫁な上に高校生の息子が最近やたら反抗期で、家にあまり居場所がなく仕方なく通い始めたという理由もあったらしい。

「でもさ・・・同じ芸術なのに全然違うんだな・・・写真だったらすんなり色合いとか感覚的にわかるのにさ・・・ガラスだとさっぱりだもん。困ったもんだよ・・・」

 あごひげのおじさんはそう言うとまただんまりしてしまったので、そこで会話は終了してしまった。後で、気づいたが結局その人の名前を聞くのを忘れてしまっていた・・・でも、緑川先生がその人のことをいつも鈴金さんと呼んでいた気がするから恐らくそれが苗字なのだろう。

そして、お茶会はお開きとなり発表会は終わった。



 そして、次の週の授業の後に緑川先生がまた修一に話しかけてきた。

「この前の発表会の作品とっても素晴らしかったはよ・・・」

いきなりそう褒められた。

「ありがとうございます。」

バカのひとつ覚えだが、口下手な修一はまた一言だけお礼を言った。

「たったの三か月であれだけの色彩感覚を出せるのは抜群のセンスよ・・・」

彼女はさらに上書きするかのように褒めてきた。

「でも、他の生徒さんも素晴らしかったとおっしゃってたではありませんか・・・」

珍しく修一が意見を述べたので、春先生は少しだけ目を丸くした。

「みなさんの手前だから修一さんのことだけベタ褒めするわけにはいかなかったので・・・でも、あなたのが一番最高傑作だったはよ・・・」

 そして、春先生は自分を中級コースに誘ってきた。

「あなたなら多分もう大丈夫よ。」

そして、修一は普通なら1~2年かけてようやくたどり着けるコースにさっそく進級することとなった。



 そして、修一は中級コースの課題であるガラス絵というものに挑戦して、そこでもみるみる上達してあっという間に発表会に出られるようにまでなってしまった。ガラス絵というのは、ガラスの上に特殊な専用の絵具を使用して人物や風景を描いて、それを額縁などに入れてインテリアとして楽しむためのアートだった。これは、元々デザインや絵が大得意の修一にとってはうってつけの課題でむしろ入門コースよりもやりやすかった。そこでも春先生にべた褒めされてあともう少ししたら上級コースに進んだらと言われた。

「いや・・・まだ早いですよ」

と一旦断ったものの春先生がしきりに勧めるものだから進一は結局、上級コースに進むことにした。そして、そこでもみるみる上達した。そして、気がついたら修一は緑川ガラス工芸教室に通う誰よりもすごい作品を創れるまでになっていた。教室に通い始めてからもうすでに一年たっていた。ある日、上級コースが終わった後に春先生にまた声をかけられた。

「修一さん・・・あなた・・・今は何をされているのだっけ・・・?」

修一は今まで自分のことをあまり話さなかったので、春先生はどうやらそれがとても興味があるようだった。

「いえ・・・実は・・・」

あまり話したくない事だったが、もはや聞かれて困るようなものでもないと思い自分の今までの人生のことなどすべて話した。仕事で二度も失敗しクビになったこと、お腹に二か月の子供がいる妻に家を出ていかれたこと、発達障害だと診断されたこと。そして、そんな中途方に暮れていたらある日、片山廬山の企画展の会場をたまたま通りかかって作品を見たら、思わず声にならないくらい感動してしまったこと。そして、それがきっかけでこの教室に通うことを決意したこと・・・など。

 緑川先生は教室にいつも常備してあるインスタントのホットコーヒーの紙コップをゆっくり片手で持ち上げてそれを何口か飲み終わるとしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「そう・・・それは大変だったはね。」

 春先生は複雑そうな表情をしながらそう言った。

「片山先生とは直接お会いしたことはないけど、確かに素晴らしい方だは。あの方の作品には魂が宿っている。誰にも真似できるものではないは。」

 やはり、その先生はただものではないようだった。

「あなたが感動したのも分かる。私だって作家人生は長いけど、いまだにあの方は尊敬しているもの。」

「そうなんですか・・・」

僕はそううなずいた。

「あのね・・・あなたの身の上話みたいなの伺ったのはね・・・実は・・・聞きたいことがあって・・・」

「聞きたいこと?」

先生はこくりとうなずいた。

「あなた・・・この道に入らないかってこと。」

いきなり先生が唐突もないことを聞いてきた。

「この道って・・・ガラス工芸の世界ですか・・・?」

僕は思わずそう聞き返した。

「そう・・・あなたセンス抜群だし、並々ならぬ情熱を感じるのよ。趣味で終わらせるのはもったいないと・・・そう感じたの。」

「そんな・・・たったの一年くらいで分かるものなのでしょうか・・・?」

僕は恥ずかしそうにそう聞いてみた。

「一年くらいってね・・・逆にそれくらいの短期間で分かってしまうのよ。この人にはセンスがあるかどうかってこと・・・。それにね・・・私はこの道に入ってもう30年なんですよ。その人に魂が宿ってるかどうかくらい見分けられるつもりよ。」

先生が少し不機嫌そうにそう言ってきたので

「そんなもんなのですね・・・」

僕は下をうつむきながらそういった。

「最初にあった時はね・・・この人不器用だからダメだなこりゃって思ったけど・・・でもね、教えてるうちにみるみる成長していったから、この人はすごいと思い始めたのよ。でもね、逆に不器用だからこそ並々ならぬ努力をして、それが作品になって・・・そういった想いが人に伝わるのかもね。感動を与えるとでもいうのかしら・・・?」

 先生が自分のことをどう思ってるのか改めて分かった。

「それにね・・・あなたの人柄も作品によく現れてる。不器用だけどどこか誠実そうで素直で優しい。そういうのも作品には必要ね・・・性格や根性がひん曲がってるものには、感動を創りだすことは無理なのよ。あなたは、本当に大人しいし寡黙だけど、その内面からにじみ出る情熱はすごいのが分かる。だからああいう演出ができるの。」

「そうなのですね・・・」

「長いことこの業界にいて・・・たくさんの人たちを見てきたは・・・いろんな人がいるけどね・・・でも、だからこそ自信もって言えるのよ。あなたには向いてるって。」

 そう言われて僕は次第にその先生の言葉の数々に救われているような気がしてきた。

「あの・・・片山廬山先生の作品をあの展示会で見た時思ったんです・・・ああいうものをいつか創りたいって・・・」

僕は誰にも言えなかった自分の想いを打ち明けてしまった。

「普通の人がそんなこと聞いたらまず笑うけどね・・・私は笑わない。だって、可能だと思ってるから。」

先生は最高の誉め言葉を送ってくれた。

「あの・・・片山先生の弟子になることってできますか?いえ・・・弟子でなくてもいいんです、是非一目会いに行きたい!」

 僕は椅子から立ち上がって思わずそう口走ってしまった。

春先生はとっさに自分が大声でそう叫んだものだから、目をまん丸くしていていた。

「あの方は廬山流という独自の流派を作り上げてしまった天才なのよ。一時は自分の流派を後世に残したいとかで弟子を取っていた時期もあるらしいけど、みんなついていかれなくて辞めてったみたいね。だからね・・・今は、弟子は一切取ってないと聞くけどね。」

春先生は落ち着き払ってそう断言するかのように修一に諭した。

 修一はそれを聞いてがっかりしたので、自然と肩を撫でおろしてその場で立ちすくんだ。修一がすっかり落胆してしまったので、その様子をみて春先生はこう言った。

「でもね・・・あなたなら・・・あるいは弟子になれるかもしれないは・・・」