サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

15.巨匠との出会い【前編】

 

「片山廬山先生の元へ弟子入りしに行きます。」

そう一言書置きを残して家を出たのは昨夜のことだった。

親に心配かけさせまいとしたわけではない。もちろんそういう気持ちが少しもないと言えば嘘だったが・・・これは、修一自身の・・・自分の覚悟の問題だった。

翌朝になって出発して万が一、明け方に親と顔を会わせてしまったらなんといえばいいのだろうか?そして、よしんば親の目を盗んで家を出たとしても一度顔を会わせてしまえば覚悟はもはや鈍り、その情熱はどこにも行き場がなくなってしまうからだ。

そう思ったら怖くて顔を会わせられなかった。

深夜の夜行バスに乗り、修一は東北の山形の方へと向かった。

1人さみしくバスの中で何を想ったのか・・・

それは、自分にしか分からないはずだったが、修一の頭の中には、もはや片山廬山のこと以外なにもなかった。どうすれば、彼の弟子にしてもらえるのだろうか・・・?

その一言だけが夜行バスに乗りながら脳裏にひたすら繰り返しよぎることであった。

そして、もし門前払いされたらどうしよう?という一抹の不安もあった。

でも、その度に修一は春先生の言葉を思い出した。

「でもね・・・あなたなら・・・あるいは弟子になれるかもしれないは・・・」

夜行バスの中で不安に押しつぶされそうになるたびにその言葉を修一は思い出した。

先生の言葉が自分を後押ししてくれたのだった。だから、自分はどんなことがあっても諦めない・・・そう心に誓っていた。

あの後、「緑川ガラス工芸教室」をやめると伝えたら、春先生はひどくがっかりしていた。

何でも、彼女は自分の個展を開くときに修一に色々と作品の制作の手助けをしてもらう助手にするつもりだったそうだ。あの時、修一にプロの道を勧めたあの日にその話をするつもりだったそうだ。そして、修一がもしよければ今後は弟子としてプロになれるように徐々に指導していく覚悟すらあったそうだ。春先生は元々作家としての人生の方が遥かに経歴としては長く、後継者を育てるといったこと自体にはあまり興味がなかったそうだ。しかし、修一と出会ったことでその考えが一転したらしい。何でも今の日本は伝統工芸が廃れてきていて、若手の造形作家が少ないため修一のような「若き才能」を春先生は期待していたそうだった。だが、修一が片山廬山の話をあまりにも熱心にし出してまさに真剣そのものだったので、春先生は自分が弟子にすることをあの時すっかり諦めてしまったそうだ。

「残念だけど、仕方ないはね・・・」

先生はそう言った。

「申し訳ありません。」

と修一は頭を下げた。

そして、春先生は最後に修一にこういった。

「あなたを指導してあげられなかったのは残念だけど、第二の片山廬山が見られる日を楽しみにしています。」

そして、修一は教室を去り、春先生とは別れた。

そんなことを思い出しながら夜行バスに揺られて修一は外を眺めていた。いったい今どのあたりをどういうルートで通っているのかまったく皆目見当もつかなかったが、山形駅に向かっているのは確かだった。

窓の外を見ても暗い夜空とよく見えない暗がりと道路らしきものしか見えなかった。

こんな景色を見ていても気分が滅入って余計不安が募るだけだと思い、修一は少しばかり寝ることにした。

あまり寝れたような記憶はなかったが、次に目を覚ました時はだいぶ夜明けは近づいているようだった。バスの外からは日の出が少しだけ見え始めていた。そして、東北地方の素朴な景色が少しばかり視界に映って来た。

そして、それから一、二時間立った頃合いに運転手席の方から

「まもなく山形駅に到着致します。」

とのアナウンスが入った。

そして、バスは山形駅のバスロータリーに着いた。

「ありがとうございました。」

修一がバスを降りる時、運転手はそう言ってきた。

バスを降りるとそこにはJR山形駅があった。

「うーん。」

修一は、長旅に疲れて駅前の広場で少しばかり背伸びをした。

荷物は大きめの旅行用トランクにありったけの着替えを詰め込んできた。

たったの一日で弟子にしてもらえるなどと到底思えなかったので、できるだけたくさんの日数こちらに滞在できるようにと準備したのだった。そして、あわよければどこか近くの旅館に泊まってでも、何日でも通うつもりだった。許可してもらうまで決して諦めないつもりだった。

そして、旅館に泊まれるだけの貯金もありったけもってきた。しかし、そうはいってもそこまでお金もないのでできるだけ安い民宿のようなところを探すつもりだったが、どうやら片山廬山の住んでいるらしき場所の近辺には民宿のようなものはとてもなさそうだったので、電車で通うことになりそうだった。

春先生の話によれば、片山廬山は若い頃は東京に住んでいたため、たまにメディアなどに露出していて巨匠として世間では大いに有名だったそうだが、10年くらい前から途端に世間から姿を消したそうだ。理由はよく分からないが、春先生いわく恐らく世間やメディアに追われる日々に疲れて田舎で創作活動をすることに専念したくなったのではないか?とのことだった。

「芸術家とはそういうものなのよ。」

緑川先生はそういった。金や名声よりも作品と孤独を愛する時間が必要なときもあるのだと・・・

 それにしても山形駅からローカル線を何本か乗り継いでその先にあるさらに辺鄙な山奥のふもとに一人で住んでいるとのことで、相当、偏屈な変わり者なのだと思った。

しかし、夜行バスに揺られながらひたすら緊張していてやっとこさ長旅から解放された修一は突然お腹が減ってきたので、駅前にある蕎麦屋に立ち寄って朝食を食べてから片山廬山の元へと向かうことにした。

 片山廬山の住んでいると思われる村は金巻市の鎌谷町というところにあった。といっても、そこは住人もほとんどいないほどの辺鄙な田舎町なのでほとんど村と言ってもいいほどのところだった。

「私も、この業界長いけど仕事で一度きり関わったことがある程度で先生には直接お会いしたことはないの。ずっと面会を希望していたのだけど。」

彼女いわく、片山廬山が急に田舎に隠居してしまったので肩透かしをくらったそうだ。そして、片山廬山は偏屈な人で業界でもあまり仲のいい人もおらず、唯一つながりのあった業界人からこの町に住んでいるということを聞いたそうだ。メディアが彼の居場所を突き止めようとしたこともあったが、すべては謎だった。

 ローカル線を二回乗り継ぎ、鎌谷町駅のさびれた駅のホームに降り立ちあたりを見渡した。

まわりは田んぼばかりで、家といえば木造や瓦屋根のものばかりの本当に過疎化した村落みたいだった。修一はこんなド田舎を旅行したことなど今までの人生でただの一度キリもなかったので、とても不思議な光景に見えた。

「本当にこんなところに有名な先生が住んでいるのだろうか・・・?」

修一は不安になった。

あたりを見回してもまわりは農村らしき家屋と、あとは数件人が住んでそうな家がちらほら散見されるほどだった。

修一はさっそく一軒一軒訪ねてみることにした。

「ごめんください・・・突然申し訳ございませんが、このあたりに片山廬山先生が住んでると聞いたのですが・・・」

修一は一件目の家の住人の人に聞いてみた。

「ああ・・・あなたはどちら様で?」

当然の話だ・・・突然よそから来たものをあやしまないはずがない。

「私は、東京から来たもので、ガラス工芸の仕事関係をしているもので是非片山廬山先生に会いたいと思いまして・・・」

ガラス工芸の仕事をしているというのは嘘だったが、それより他に説明のしようがなかったので手っ取り早く聞き出すためにそのような話の流れにすることにした。

「片山廬山・・・はて・・・?分かりませんな・・・」

どうやら地元の人も知らないようだった。

なるほどな・・・自分の住所をメディアにすら晒さないわけだから、地元の人も当然どこに住んでいるのか知らないのかもしれないと思った。

そして、次の家を訪ねても同じような答えが返って来た。

「さあな・・・その先生の名前は知ってるが、そんな有名人がこんな田舎に住んでるとは到底思えないけどな。」

いかにも田舎風の風貌をした年配のおじさんは修一にそうそっけなく答えた。

そしてその次も、その次も同じく「知らない」だった。

 本当にここに住んでいるのか?

修一は段々と焦ってきた。このあたりで聞いてない家はもう見当たらなかった。ぐるぐるとその辺りを一周してみたものの、またもや同じ場所へと戻ってきてしまった。小一時間もしない間に見て回れるほどの本当にちいさな片田舎だった。

そして、また来た道を今度は逆回りで回ってみた。そして、また同じ駅前の村の集落に戻ってきてしまった。今度は少しばかり違うルートを辿ってきたらしく途中で何軒か家を発見したので、住人に聞いてみたがやはり「知らない。」と言われた。

 修一はほとほと困り果ててしまった。昼過ぎにはこの町にはもう来ていたというのにこのままでは日が暮れてしまう。しかし、修一は最後の最後まで諦めてなるものかと思った。しかし、さすがに疲れたので近くに木の丸太のようなものがあったのでそこに腰を下ろすことにした。

「は~疲れた。」

こんなに歩き回ったのは実に久しぶりだった。額には少しばかり汗をかいていた。

もうすぐ日が暮れる。

今日はもう諦めて帰ろうか・・・

ローカル線で乗り継いで降りた途中の駅に民宿があったので、予約をしておいてよかったと修一は思った。

そして、日が暮れ始めた。太陽が西へと沈み空を茜色に染めながら静かに落ちていく・・・

そんな光景を眺めていたら太陽の光が反射した先に先ほど通った時には気づかなかった小さな神社のようなものがあるのが目に入ってきた。なぜさっきは気づかなかったのだろうか?

 修一はもうすぐ日が暮れてしまうので、大急ぎでその神社の方へと向かっていた。数十段ほどの階段をのぼるとそこには神社の建物のようなものがあった。地元の氏神様でも祭っているのだろうか・・・?

神聖なる場所をぐるりと回ってみたもののそこには人の気配はなかった・・・

神主さんはどこにいるのだろうか・・・?

そう思ってみたものの誰もいない。

ここでもないのか・・・

「今日は諦めてまた明日来よう・・・」

一日中歩き回ってくたくたに疲れたので早く民宿に帰りたかった。

しかし、その時、神社の奥の雑木林のようなものが生い茂っている先にほそい通り道のようなものがあることに気がついた。

ほとんど誰も気づかないようなほどの細い道だった。舗装もされておらず、とても人が通って歩いていかれるような道ではなかったので恐らくよほど注意していなければ気づかないだろう。なぜ、気づいたかといったら、先ほどリスらしき動物がたまたま偶然そこを通っていったからだ。

修一はそこを歩いてみることにした。どの道もうそこくらいしか目ぼしい場所はないと感じていたのだった。

ほとんど人が通れるようなスペースがないほどそこは狭い空間だった。雑木林が生い茂っていて、左右から修一の体を圧迫してくる上に下が見えないから道があるのかどうかすら分からないほどだった。しかし、その道が永遠と何十メートルも続いているようだった。

あたりは蚊やらハエやらの音がブンブン耳元でささやいてくるから修一はいますぐそこを抜け出したかった。

雑木林が邪魔をするのでほんの少しずつしか体を動かすことができなかった。

もう早くここから出してくれ・・・

心の中でそうささやいた。

少しずつ足を前に踏み出しつつ、あと数メートルのところまでやっとの想いで来た。

そして、修一は10分くらいそこをつたって歩きながらようやくそこを抜け出すことができた。

「疲れた・・・」

へとへとにぐったりとその場で倒れてしまった。

しばらく休憩した後に顔をあげるとそこは山道のふもとのようなところだった。

「何だ・・・ここは?」

修一は辺鄙な場所だなと思った。

もう辺りはかなり暗くなりかけていたのでよく周りが見えなくなり始めてはいたが、どうやらその先は山奥の麓になっているようだった。

段々と暗くなってきてしまったし、少しだけ不安になってきた。こんなことなら懐中電灯をも持って来るのだった。

今すぐ帰りたいと思ったがここまで来て引き返すわけにはいかなかった。

しかし、その時に修一は思った。

「山奥の麓に住んでいるらしいのよ。」

春先生は確かにそういった。

その言葉が本当ならもしや・・・と思った。

そうだ・・・そうに違いない。

修一はその言葉を信じて前へと前進することにした。

その山道を少しだけ昇っていった。

本当に何もないような辺鄙な山道だった。

周りはすでに暗くなっていてろくに道も見えなかった。

そうだ・・・スマホのライトを使おうと思ってポケットから携帯を取り出した。

ライトをつけると多少周りが見えるようになりほっとした。

そして、その道はどうやらくねくねと曲がっているようだった。

まるでいろは坂だ・・・と思った。

何十回ものそんなカーブの道をのぼっていきやがてその先にあるものが見えた・・・

「家だ!」

とうとう誰かの家を見つけた。

きっとここが片山廬山の住居に違いない・・・

修一はそう思った。