サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

8.再会と別れ

 

それから晴れて結婚式が行われた。

結婚式場というほどではないが、そこそこ中規模の広さのホテルのホールを借り切ったので人数は52名ほど収容できるようだった。いわゆる大人数のウェディング用の大広間という格式高さではなかったけど、そこそこ豪勢な結婚式場だった。

 修一は内輪だけでどこかのレストランでこじんまりとした挙式をあげたかったのだが、水川社長が

「修一君、娘のたった一度の晴れ姿なんだ。あの子のためにもどうか豪勢にやらせてやってくれ!」

との一言ですべてが決定した。修一はほとんど意見できず、お父さんが会社の出費でホールをボーンと太っ腹に貸し切ってくれた。本当のところ修一は後ろめたさがあった。二人ともあまり収入も貯金もないし、自分たちで払える費用で・・・と思っていたのだが、お父さんが聞く耳を持たなかった・・・

修一は、そのことをさりげなく社長に聞いてみたが

「なになに!もう修一君はうちの家族で我が子も同然なんだから・・・これくらいやらせてよ!それにあの子にとっても一生の思い出になるんだから」

そう言いだしたら聞かなかったのでついに修一は折れた。しかし、修一は昔の知り合いを招待してまでわざわざ会うのが億劫だった。穂乃花のこともあったというのもあるが・・・それに、大学時代の仲の良かった友達らとはあの野間証券での誤発注事件以来気まずくなって、たまにSNSでやり取りする程度でほとんど会ってなかったのだった。修一も気まずかったが、向こうも気まずかったのだろうと思う。だから、今回の結婚式場は大ホールなど貸し切ったら呼ばない訳にはいかなくなるからだ。しかし案の定、修一のそんな目論見も外れて水谷社長のはからいのおかげで結局、何人かの友達を呼ぶこととなった。もちろん穂乃花も・・・

 そして披露宴が始まった。すでに挙式と新郎新婦の誓いの儀式は終わっていたため一次会の時間となっていた。

「それでは、新郎新婦のご登場です!どうぞ皆さま盛大な拍手でお出迎えお願い致します!」

式場の司会者がそう言うと、会場中にホイットニーヒューストンの「I will always love you」が壮大過ぎるほどの大音響で流れ出した。披露宴のBGM関係はウェディングプラナーと琴が打ち合わせしながら決めたそうだが、ほとんどが彼女の選曲だった。洋楽やJPOPのラブソングが好きなので、自然とそういうBGMのラインナップになったそうだ。

「行くよ形見君」

「うん・・・」

僕は緊張してどぎまぎしていたが、彼女は落ち着き払っていた。

そして、僕らは手をつなぎながら会場にゆっくりと歩きながら入場した。眩し過ぎるほどのライトとシャンデリアと大勢の人たちに囲まれて卒倒しそうになった。ど緊張していたのであまり覚えていないが、遠くの席に穂乃花がいた。こっちを少しだけ見ているように思えた。その隣には今は疎遠になりつつあったが、大学時代の旧友の武村と岡田とあと何人かが座っていた。お互いにひそひそと話しながら拍手をしながらこっちを見ているようだった。

やっとの思いで着席してひとまずほっとしたら、司会者が開宴のスピーチをすぐに終えてしまい、新郎のスピーチが始まってしまった。

「形見君、頑張って」

琴が隣の新婦席からひそひそ声で僕にエールを送って来た。

これで晴れて二人は結婚したというのに、彼女は相変わらず僕のことを形見君と呼んでいた。なんでも、その呼び方に慣れてしまったらしい。

マイクを渡されて僕は余計に緊張し出した。昔からスピーチは苦手なのだった。だからでかい会場は嫌だったのだ。

「え~本日は・・・あの・・・ご・・・ご多用の中、ふたりのためにお集まりいただきまして、あ・・・りがとうございました。皆さまからの温かいご祝辞に、あ・・・あらためて感謝を申し上げます。」

僕は緊張し過ぎて声が上ずってしまった。

「形見、相変わらずだな。あまり変わってない。」

「そうだな・・・緊張し過ぎじゃないのか?大丈夫か?」

旧友の武村と岡田はそんなことをひそひそ話していた。

「こ・・・この日を・・・む・・・迎えるまでにいろいろなことがありました。と・・・時には」

そこまで言いかけ時にスピーチの内容を忘れてしまって、とっさにカンペを見てしまった。しばらくカンペを見ていても頭に中々入ってこなかったので沈黙が続いてしまった。

「すみません、しばしお待ちください」

と僕が言ったものだから会場中が笑いの渦に飲まれた。まさか爆笑されるとは思わなかったが、なぜかその雰囲気のおかげでとっさに緊張がほぐれて後は順調にスピーチを終えた。

すべて話終わると会場中が盛大な拍手を送ってくれた。

その後は新郎の友人のスピーチがあり、武村がやってくれた。

「え~私は新郎の形見君の大学時代の友人の武村と申します・・・」

そんな感じでスピーチしてくれた。

「彼は、昔から真面目で誠実で成績優秀だったので、まさかあのような事件が起きるとは思いませんでした。僕らはみなショックを受けて真剣に心配していたのですが、彼が今まで頑張ってきて、そして・・・今ここでの幸せな姿をみて本当にほっとしております。素敵な奥様と結婚されることとなって彼の幸せを心より願いたいと思います。水川さん・・・彼はどこか頼りないところもありますが、真面目で誠実なのでどうか末永く支えてあげてください。これは同級生一同の願いでもあります。」

武村は電機メーカーでエンジニアをやっていてバリバリ働いているそうで、自信に満ち溢れたスピーチをしていた。挫折した自分のことなどとうに忘れていたかと思っていたが、まだそんなに思いを込めたスピーチをしてくれるとは思っていなかった。

その後は、乾杯をして一斉にみんなで会食の時間になり、ケーキ入刀、余興などのイベント、花嫁の手紙などの順に進行した。余興は琴の高校時代の友達らが吹奏楽で演奏してくれて、琴はそれを聞いて涙を流していた。何でも吹奏楽部のコンクールで入賞した時の思い出の曲らしい。そして最後の方のクライマックスイベントで、琴が花嫁の手紙を読んでいた。

「お父さん、27年間育ててくれてありがとうございます。無事今日という日を迎えることができたのもお父さんのおかげで感謝の気持ちでいっぱいです。」

綺麗なバラードのBGMが流れながら彼女はそう手紙を読み始めた。

小さい頃に飼っていた小鳥のペットが亡くなったときに泣き止まなかった彼女にお父さんが一晩中つきそってくれたこと、高校の時に幼馴染が心臓病で亡くなったこと、そしてそんな中でもずっと自分を見守って今日まで育ててくれたこと、仕事のこと、そしてお父さんのおかげで修一君と出会えたこと・・・そんな思い出のつまった内容の手紙を言葉ひとつひとつ丁寧に想いを込めて読み上げていた。普通こういった挙式の時は感動をあえて演出するためにけっこう話を盛っていたりするものなのだが、彼女の話す内容は嘘偽りがまったくなくあまりに感動的で途中で彼女の友達の誰かが泣きそうになっているようだった・・・きっと彼女と苦労を共にした仲間なんだろう・・・

 そのような流れで最後に司会者が閉宴の言葉を述べて、結婚式はめでたく幕を閉じた。

会場の外でみなにお礼のギフトを配っていたら武村と岡田が話しかけてきた。

「うっす・・・修一・・・元気だった・・・?」

「久しぶり・・・」

あの野間証券の事件以来だったので実に2年振りだった。

「修一相変わらずいいスピーチしてたじゃん・・・あまり変わってなくて・・・安心したよ。」

武村はそう言ってきた。

「まあな・・・そっちも元気そうでよかったな・・・」

僕は苦笑いしながらそう答えた。

「まあ・・・その・・・とにかく元気そうでよかったよ・・・なあ?」

そう言って武村は岡田にバトンタッチするかのように聞いた。

「うん・・・みんなお前のこと心配してたからさ・・・ここ2年くらいSNSでしかやり取りしてなかったから様子が分からなくて・・・ゼミのみんなも心配してたぞ・・・今度顔出せよ!たまにみんなと飲んだりしてるからさ・・・まあ・・・仕事で忙しくてほんとたまにだけど・・・」

岡田は昔から心配性でおっちょこちょいの自分を何気に気遣ってくれる優しいやつだった。

「心配かけさせるつもりはなかったんだけどさ・・・まあ、俺は俺で・・・何とかやってるし・・・大丈夫だよ」

「そっか・・・それならよかった・・・」

岡田はほっとしたようだった。

「まあ、桜井とは別れたんだってな・・・あいつもお前に・・・」

と武村が言い出しかけたが

「おい・・・やめとけよ今ここでさ・・・本当昔から空気読めないな。」

岡田は注意するように話を遮った。

「まあ、何にしても結婚おめでとう。幸せにな」

「おめでとう。」

「あ・・・ありがとう」

そう言って二人はギフトを受け取って会場の外へと出て行った。

琴は会社の人たちや高校時代の友達らと話込んでいるようだった。たくさん話したい思い出があるのだろう。

最後の方で水川社長が

「修一君、これからもよろしく頼むな・・・あと琴のこともよろしく!」

そう言ってご機嫌そうな雰囲気で会場を出て行った。

一通り挨拶が終わると修一は控室で着替えて二次会へ行く支度をした。

控室のドアを開けて外に出てエレベーターの方まで廊下を歩いていると

「修一!」

「穂乃花・・・」

急いで小走りするかのように修一のあとを追ってきたようだった。

「久しぶり・・・」

「久しぶり・・・」

穂乃花がそう言ってきたのでぼくもそう返事した。

本当に久しぶりで実に2年振りくらいだった。

「ごめん・・・会わせる顔ないよね・・・ほんと・・・」

彼女は下をうつむきながら悲しそうな表情でそうつぶやくように言った。

僕はなんていったらいいか分からずだんまりしてしまった。

「あ・・・そうだ・・・さっき修一に最後挨拶し忘れちゃったんだ・・・何かその・・・急に具合が悪くなって・・・?それで・・・挨拶しようと思って・・・」

相変わらず嘘が下手だなと思った。勘は鋭いくせに・・・

「別にいいよ・・・そんな気を使わなくって・・・久しぶりに会えただけで嬉しいよ。それに呼んだのは俺なんだし・・・」

そう言うと穂乃花は少しだけ泣きそうになった。

「ダメだよ・・・なんで・・・?嬉しいとか言ったらダメだよ・・・」

「え・・・?」

急に彼女がそう言い出したのが意味が分からなかった。

「そんな優しいのは反則・・・ずっと修一に悪いことしたなって思ってて、それで謝ろうとしてたのに・・・もっと怒ってくれなきゃ・・・できなくなるじゃない。」

「優しいって・・・もう俺は気にしてないから・・・だからこそ穂乃花のこと呼んだだけだよ・・・こっちこそ無理して誘って悪かったし。」

「ほらまた優しい・・・私が悪者みたいになる。」

「え・・・?」

彼女は少しだけ涙目になっているようだったが、自分の手でそれを拭うと

「二次会これから行くんでしょ?」

とっさに話題を変えたがってるかのように聞いてきた。

「うん・・・仲間内でそこらへんの居酒屋に行くだけだけどね・・・」

「ごめん・・・わたしそれパスしていい・・・?」

「え・・・?パスって・・・行かないってこと・・・?」

「うん・・・ごめん・・・」

彼女はそう言うと気まずそうにだんまりしてしまった。

会場の廊下が急に寒くなったような気がした。

「武村くんと岡田くんには会った?」

「うん・・・会ったよ・・・相変わらず元気そうだった。」

「そっか・・・」

穂乃花は少しほっとしたようだった。

「二人は二次会行くと思うから宜しくね。私はさ・・・行かないって伝えといてくれれば・・・」

「分かった・・・」

僕がそう返事をすると彼女はまた少しだけ泣きそうになった。

「ごめん・・・私・・・」

「え・・・?」

僕が何のことだか分からないといった表情をしていると

「わたし・・・ひどい女だよね・・・」

彼女はいきなりそういった。

「ごめん・・・」

最後にそう一言残して、彼女は廊下を駆け抜ける様に走り去っていった。

「穂乃花・・・」

彼女が去っていった廊下は僕以外にはどこにも人影はなく、僕はひとりそこにポツンと取り残されたままのようだった。