サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

8.再会と別れ

 

それから晴れて結婚式が行われた。

結婚式場というほどではないが、そこそこ中規模の広さのホテルのホールを借り切ったので人数は52名ほど収容できるようだった。いわゆる大人数のウェディング用の大広間という格式高さではなかったけど、そこそこ豪勢な結婚式場だった。

 修一は内輪だけでどこかのレストランでこじんまりとした挙式をあげたかったのだが、水川社長が

「修一君、娘のたった一度の晴れ姿なんだ。あの子のためにもどうか豪勢にやらせてやってくれ!」

との一言ですべてが決定した。修一はほとんど意見できず、お父さんが会社の出費でホールをボーンと太っ腹に貸し切ってくれた。本当のところ修一は後ろめたさがあった。二人ともあまり収入も貯金もないし、自分たちで払える費用で・・・と思っていたのだが、お父さんが聞く耳を持たなかった・・・

修一は、そのことをさりげなく社長に聞いてみたが

「なになに!もう修一君はうちの家族で我が子も同然なんだから・・・これくらいやらせてよ!それにあの子にとっても一生の思い出になるんだから」

そう言いだしたら聞かなかったのでついに修一は折れた。しかし、修一は昔の知り合いを招待してまでわざわざ会うのが億劫だった。穂乃花のこともあったというのもあるが・・・それに、大学時代の仲の良かった友達らとはあの野間証券での誤発注事件以来気まずくなって、たまにSNSでやり取りする程度でほとんど会ってなかったのだった。修一も気まずかったが、向こうも気まずかったのだろうと思う。だから、今回の結婚式場は大ホールなど貸し切ったら呼ばない訳にはいかなくなるからだ。しかし案の定、修一のそんな目論見も外れて水谷社長のはからいのおかげで結局、何人かの友達を呼ぶこととなった。もちろん穂乃花も・・・

 そして披露宴が始まった。すでに挙式と新郎新婦の誓いの儀式は終わっていたため一次会の時間となっていた。

「それでは、新郎新婦のご登場です!どうぞ皆さま盛大な拍手でお出迎えお願い致します!」

式場の司会者がそう言うと、会場中にホイットニーヒューストンの「I will always love you」が壮大過ぎるほどの大音響で流れ出した。披露宴のBGM関係はウェディングプラナーと琴が打ち合わせしながら決めたそうだが、ほとんどが彼女の選曲だった。洋楽やJPOPのラブソングが好きなので、自然とそういうBGMのラインナップになったそうだ。

「行くよ形見君」

「うん・・・」

僕は緊張してどぎまぎしていたが、彼女は落ち着き払っていた。

そして、僕らは手をつなぎながら会場にゆっくりと歩きながら入場した。眩し過ぎるほどのライトとシャンデリアと大勢の人たちに囲まれて卒倒しそうになった。ど緊張していたのであまり覚えていないが、遠くの席に穂乃花がいた。こっちを少しだけ見ているように思えた。その隣には今は疎遠になりつつあったが、大学時代の旧友の武村と岡田とあと何人かが座っていた。お互いにひそひそと話しながら拍手をしながらこっちを見ているようだった。

やっとの思いで着席してひとまずほっとしたら、司会者が開宴のスピーチをすぐに終えてしまい、新郎のスピーチが始まってしまった。

「形見君、頑張って」

琴が隣の新婦席からひそひそ声で僕にエールを送って来た。

これで晴れて二人は結婚したというのに、彼女は相変わらず僕のことを形見君と呼んでいた。なんでも、その呼び方に慣れてしまったらしい。

マイクを渡されて僕は余計に緊張し出した。昔からスピーチは苦手なのだった。だからでかい会場は嫌だったのだ。

「え~本日は・・・あの・・・ご・・・ご多用の中、ふたりのためにお集まりいただきまして、あ・・・りがとうございました。皆さまからの温かいご祝辞に、あ・・・あらためて感謝を申し上げます。」

僕は緊張し過ぎて声が上ずってしまった。

「形見、相変わらずだな。あまり変わってない。」

「そうだな・・・緊張し過ぎじゃないのか?大丈夫か?」

旧友の武村と岡田はそんなことをひそひそ話していた。

「こ・・・この日を・・・む・・・迎えるまでにいろいろなことがありました。と・・・時には」

そこまで言いかけ時にスピーチの内容を忘れてしまって、とっさにカンペを見てしまった。しばらくカンペを見ていても頭に中々入ってこなかったので沈黙が続いてしまった。

「すみません、しばしお待ちください」

と僕が言ったものだから会場中が笑いの渦に飲まれた。まさか爆笑されるとは思わなかったが、なぜかその雰囲気のおかげでとっさに緊張がほぐれて後は順調にスピーチを終えた。

すべて話終わると会場中が盛大な拍手を送ってくれた。

その後は新郎の友人のスピーチがあり、武村がやってくれた。

「え~私は新郎の形見君の大学時代の友人の武村と申します・・・」

そんな感じでスピーチしてくれた。

「彼は、昔から真面目で誠実で成績優秀だったので、まさかあのような事件が起きるとは思いませんでした。僕らはみなショックを受けて真剣に心配していたのですが、彼が今まで頑張ってきて、そして・・・今ここでの幸せな姿をみて本当にほっとしております。素敵な奥様と結婚されることとなって彼の幸せを心より願いたいと思います。水川さん・・・彼はどこか頼りないところもありますが、真面目で誠実なのでどうか末永く支えてあげてください。これは同級生一同の願いでもあります。」

武村は電機メーカーでエンジニアをやっていてバリバリ働いているそうで、自信に満ち溢れたスピーチをしていた。挫折した自分のことなどとうに忘れていたかと思っていたが、まだそんなに思いを込めたスピーチをしてくれるとは思っていなかった。

その後は、乾杯をして一斉にみんなで会食の時間になり、ケーキ入刀、余興などのイベント、花嫁の手紙などの順に進行した。余興は琴の高校時代の友達らが吹奏楽で演奏してくれて、琴はそれを聞いて涙を流していた。何でも吹奏楽部のコンクールで入賞した時の思い出の曲らしい。そして最後の方のクライマックスイベントで、琴が花嫁の手紙を読んでいた。

「お父さん、27年間育ててくれてありがとうございます。無事今日という日を迎えることができたのもお父さんのおかげで感謝の気持ちでいっぱいです。」

綺麗なバラードのBGMが流れながら彼女はそう手紙を読み始めた。

小さい頃に飼っていた小鳥のペットが亡くなったときに泣き止まなかった彼女にお父さんが一晩中つきそってくれたこと、高校の時に幼馴染が心臓病で亡くなったこと、そしてそんな中でもずっと自分を見守って今日まで育ててくれたこと、仕事のこと、そしてお父さんのおかげで修一君と出会えたこと・・・そんな思い出のつまった内容の手紙を言葉ひとつひとつ丁寧に想いを込めて読み上げていた。普通こういった挙式の時は感動をあえて演出するためにけっこう話を盛っていたりするものなのだが、彼女の話す内容は嘘偽りがまったくなくあまりに感動的で途中で彼女の友達の誰かが泣きそうになっているようだった・・・きっと彼女と苦労を共にした仲間なんだろう・・・

 そのような流れで最後に司会者が閉宴の言葉を述べて、結婚式はめでたく幕を閉じた。

会場の外でみなにお礼のギフトを配っていたら武村と岡田が話しかけてきた。

「うっす・・・修一・・・元気だった・・・?」

「久しぶり・・・」

あの野間証券の事件以来だったので実に2年振りだった。

「修一相変わらずいいスピーチしてたじゃん・・・あまり変わってなくて・・・安心したよ。」

武村はそう言ってきた。

「まあな・・・そっちも元気そうでよかったな・・・」

僕は苦笑いしながらそう答えた。

「まあ・・・その・・・とにかく元気そうでよかったよ・・・なあ?」

そう言って武村は岡田にバトンタッチするかのように聞いた。

「うん・・・みんなお前のこと心配してたからさ・・・ここ2年くらいSNSでしかやり取りしてなかったから様子が分からなくて・・・ゼミのみんなも心配してたぞ・・・今度顔出せよ!たまにみんなと飲んだりしてるからさ・・・まあ・・・仕事で忙しくてほんとたまにだけど・・・」

岡田は昔から心配性でおっちょこちょいの自分を何気に気遣ってくれる優しいやつだった。

「心配かけさせるつもりはなかったんだけどさ・・・まあ、俺は俺で・・・何とかやってるし・・・大丈夫だよ」

「そっか・・・それならよかった・・・」

岡田はほっとしたようだった。

「まあ、桜井とは別れたんだってな・・・あいつもお前に・・・」

と武村が言い出しかけたが

「おい・・・やめとけよ今ここでさ・・・本当昔から空気読めないな。」

岡田は注意するように話を遮った。

「まあ、何にしても結婚おめでとう。幸せにな」

「おめでとう。」

「あ・・・ありがとう」

そう言って二人はギフトを受け取って会場の外へと出て行った。

琴は会社の人たちや高校時代の友達らと話込んでいるようだった。たくさん話したい思い出があるのだろう。

最後の方で水川社長が

「修一君、これからもよろしく頼むな・・・あと琴のこともよろしく!」

そう言ってご機嫌そうな雰囲気で会場を出て行った。

一通り挨拶が終わると修一は控室で着替えて二次会へ行く支度をした。

控室のドアを開けて外に出てエレベーターの方まで廊下を歩いていると

「修一!」

「穂乃花・・・」

急いで小走りするかのように修一のあとを追ってきたようだった。

「久しぶり・・・」

「久しぶり・・・」

穂乃花がそう言ってきたのでぼくもそう返事した。

本当に久しぶりで実に2年振りくらいだった。

「ごめん・・・会わせる顔ないよね・・・ほんと・・・」

彼女は下をうつむきながら悲しそうな表情でそうつぶやくように言った。

僕はなんていったらいいか分からずだんまりしてしまった。

「あ・・・そうだ・・・さっき修一に最後挨拶し忘れちゃったんだ・・・何かその・・・急に具合が悪くなって・・・?それで・・・挨拶しようと思って・・・」

相変わらず嘘が下手だなと思った。勘は鋭いくせに・・・

「別にいいよ・・・そんな気を使わなくって・・・久しぶりに会えただけで嬉しいよ。それに呼んだのは俺なんだし・・・」

そう言うと穂乃花は少しだけ泣きそうになった。

「ダメだよ・・・なんで・・・?嬉しいとか言ったらダメだよ・・・」

「え・・・?」

急に彼女がそう言い出したのが意味が分からなかった。

「そんな優しいのは反則・・・ずっと修一に悪いことしたなって思ってて、それで謝ろうとしてたのに・・・もっと怒ってくれなきゃ・・・できなくなるじゃない。」

「優しいって・・・もう俺は気にしてないから・・・だからこそ穂乃花のこと呼んだだけだよ・・・こっちこそ無理して誘って悪かったし。」

「ほらまた優しい・・・私が悪者みたいになる。」

「え・・・?」

彼女は少しだけ涙目になっているようだったが、自分の手でそれを拭うと

「二次会これから行くんでしょ?」

とっさに話題を変えたがってるかのように聞いてきた。

「うん・・・仲間内でそこらへんの居酒屋に行くだけだけどね・・・」

「ごめん・・・わたしそれパスしていい・・・?」

「え・・・?パスって・・・行かないってこと・・・?」

「うん・・・ごめん・・・」

彼女はそう言うと気まずそうにだんまりしてしまった。

会場の廊下が急に寒くなったような気がした。

「武村くんと岡田くんには会った?」

「うん・・・会ったよ・・・相変わらず元気そうだった。」

「そっか・・・」

穂乃花は少しほっとしたようだった。

「二人は二次会行くと思うから宜しくね。私はさ・・・行かないって伝えといてくれれば・・・」

「分かった・・・」

僕がそう返事をすると彼女はまた少しだけ泣きそうになった。

「ごめん・・・私・・・」

「え・・・?」

僕が何のことだか分からないといった表情をしていると

「わたし・・・ひどい女だよね・・・」

彼女はいきなりそういった。

「ごめん・・・」

最後にそう一言残して、彼女は廊下を駆け抜ける様に走り去っていった。

「穂乃花・・・」

彼女が去っていった廊下は僕以外にはどこにも人影はなく、僕はひとりそこにポツンと取り残されたままのようだった。

7.愛の日々

 

気づいたら自分は彼女に簿記の勉強を教えるために、週末に時たま会うようになっていた。ある土曜は喫茶店だったり、その次の土曜は図書館だったり・・・都心の洒落たカフェで会ったこともあったが、勉強をするにはあまりもってこいの場所とは言い難かった。
「え・・・と、ここの計算はどうやるの?」
今日は、彼女の実家のある蒲田の駅前にあるゼクシオ―ルカフェで勉強会をしていた。
「えーと・・・そこは」
いつものように彼女に簿記の原価計算の方法を教えていた。どうやら固定費と変動費の計算方法について多少混同しているようだった。
「なるほど・・・分かりやすい!」
彼女は僕の拙い説明でも納得したようで満足気だった。
「形見くん、本当説明上手だよね・・・」
「そうかな・・・そんな風に思ったこと一度もなかったけど。」
「そうだ・・・会計士とか目指せばいいのに・・・うちなんかで働いてるだけじゃもったいないよ・・・」
彼女は大げさともとれるほどオーバーな表現で僕をしきりに褒めてきた。
「そんな・・・そんな風に褒められたこと一度もないよ・・・ありがとう。」
僕は嬉しくも恥ずかしもあり、飲みかけの砂糖とミルク入りのコーヒーを一口ほど飲んだ。
「多分、形見君のまわりが優秀過ぎたんだね。私は学生時代から落ちこぼれみたいなものだったから、こんな学校の先生みたいに教えられる人初めて・・・」
「そうかな・・・」
「もっと自信持ちなって・・・感動するよ」
そんな風に言われて次第に僕も悪い気がしなくなってきた。
別れた元カノの桜井穂乃花も優しいところはあったが、どこか割り切った性格でいちいち些細なことで感動するようなタイプではなかった。修一はあまり恋愛経験が豊富な方ではなかったのでよく分からなかったが、世の中には本当に色々な女性がいるのだとあらためて思った。
「じゃあ・・・今日はこのあたりで・・・」
そう言って彼女は簿記の教材やら経理の資料を自分のカバンに入れた。
「もういいの・・・?もうちょっとだけいいけど・・・」
僕がそう言うと
「いいのいいの・・・いつもつきあわせちゃって悪いし。」
「僕は、かまわないけど。どうせ暇だし。それに・・・楽しいし。」
そして、それが本音だった。いや・・・むしろ楽しいというより嬉しいというのが正直なところだった。こんな風にまた自分を必要としてくれる人がいるだけで嬉しかった。会社をクビになり彼女であった穂乃花にも振られて、もう自分は誰からも必要とされてないのかとずっと悩んでいた。それなのに、彼女はこんなダメな僕を必要としてくれている。そして、自分の悲しい心の中にポッカリあいた穴を彼女が埋めてくれそうな予感がした。
「嘘・・・彼女とか・・・いるかと思って・・・」
いきなり彼女がポツリとそう言ってきた。
いるかと思って・・・だった。いるかと思った・・・ではなく思って・・・
どことなく遠慮がちというか少し躊躇するような言い回しだった。
「いや・・・実は・・・ふられたんだ」
僕は思わず正直に答えてしまった。
そして、例の事件があった後に振られた話を少しだけ話した。
彼女は目を少しだけ細めたようにみえた。
「そう・・・なんだ・・・」
一瞬だけ間が空いた。
僕は少しだけそのことを思い出して下を向いてしまった。
「でもさ・・・あれだよね・・・その女の人もひどいよね。」
「ひどい・・・?」
僕はよく分からなくてそう聞き返した。
「そう・・・だってさ・・・事件があった後に振るって・・・つまり・・・何ていうか、そういうことじゃない?」
僕は彼女の意図することが何となくで分かってしまい、また少しだけショックをうけた。
「でも・・・あまり・・・気にしないで・・・ちょっとそう思っただけだから・・・」
「うん・・・別にいいよ・・・」
僕らは気まずくなって黙ってしまったので彼女は気になったのか
「そうだ・・・今度どこか行きましょうよ・・・二人で・・・」
「え・・・?」
突然の誘いに僕は戸惑ってしまった。
「行くって・・・どこに・・・?」
「どこにって・・・ひどいな・・・気分転換に遊びに行きましょうってこと。彼女さんのこと何か気にしてるようだったから、どこか気晴らしになるところに行った方がいいかなって・・・」
彼女はいきなりそんな提案をしてきた。僕は正直嬉しくもあった。
「それに、簿記の勉強を色々教えてもらったお礼もしたいし。私がおごらせていただきます。」
「いや・・・おごってもらうってそんな・・・」
「いやなの?」
彼女は少しふてくされたような顔つきになった。
いやではなかった・・・でも、正直僕は穂乃花に振られてから少しだけ恋愛不信というか愛というものが信じられなくなっていた。
「もう修一君はっきししないな・・・じゃあ・・・LINEで予定決まったら送るね・・・」
そう言って彼女は先に帰った。

 

 そんなこんなで彼女とは時たまデートのようなことをするようになった。まだ恋人になったわけでもないから、公認とは言えなかったから、ただ女友達と遊んでるというような感じもしなくはなかった。毎週というほどではなかったけど月に1、2回会うようになった。最初は水族館で・・・次第に映画やカラオケ、そして夕飯などまで一緒に食べるようになった。
 正直、僕はなぜ最初に彼女に誘われたのか分からなかった。考えたら生まれてこのかた誰かに好かれたりしたことなどなかった。中学生の時の思春期の初恋は、めでたく自分の片想いということで儚く散った悲しい子供のほろ苦い思い出として終わったし、高校の時は進学校に通っていたため、勉強に明け暮れていたのでほとんど恋愛どころではなかった。大学になってから初めてできた彼女である穂乃花も、お互いに好きになったというより友達に紹介してもらって何となくの流れで付き合っただけだった。だから、自分から好きになったわけでもなければ彼女に好きと言われたこともほとんどなかった・・・というか・・・そもそもその辺りの記憶が非常に曖昧で終止していた。
 だからこそ、こんな風に誘われて正直嬉しかった。そして、それが僕の人生に第二の潤いを与えてくれていた。
「形見君・・・こっちこっち・・・」
「うん、分かった。」
僕は水川琴と自分の分のポップコーンと飲み物を両手で持って、彼女が取っておいてくれた席に座った。
二人きりで映画館に来ていた。
「けっこう並んでた?」
「いや・・・そうでもないよ。でも、カップルや子供連れが多いね・・・」
「まあ・・・連休だからしょうがないよ」
GWというほどではなかったが三連休だったため映画館は満席に近かった。
ワイルドアットハート」という新作映画のラブコメで前々からテレビで頻繁に宣伝されていたので、この三連休にたくさんのカップルが待ってましたとばかりにこのラブストーリーを観に映画館に来たのだろう。

「映画楽しかったね」
映画の上映が終わると、彼女はそう一言だけ言い機嫌よくステップを踏むように映画館の廊下の先を歩いていった。そして、彼女は映画館の出口付近のホールまでくると急にくるっと回転するかのようにこっちを振り向いてきた。
「ね~どっか食べに行きたい。」
僕は幸せだった。こんな日々がずっと続けばいいのにと思った。

 

 気づいたら僕らはもう恋人のようになっていた。お互いに離れたくても離れられないくらいになっていた。仕事場でも会っているはずなのに、休日でも会いたいほどだった。そして、会うたびに斬新なわくわくするような予感がした。そして、彼女は言った。
「ねえ・・・覚えてる?初めて花壇の前でアジサイの話をした時?」
「うん・・・覚えてるよ・・・」
「その時に言った花言葉の話だけど・・・実は『辛抱強い愛情』って意味があって・・・これね・・・とある遠距離恋愛カップルの実話がもとになってるんだ。ドイツ人の男性医師「シーボルト」は日本で出会った「お滝さん」に恋するんだけど、なんと彼にスパイ容疑がかけられ国外追放になってしまうの。それで、彼はやむを得ずドイツに帰国した後、日本で採った紫陽花に「お滝さん」の名前から「オタクサ」と学名をつけて、それがアジサイの名前の由来になってて・・・離れていても思っているというお話から「辛抱強い愛」という花言葉がつけられました・・・」
彼女は熱心にその話をし出した。
「とても・・・ロマンチックな話だね・・・」
「それでね・・・私もね・・・学生時代に好きだった男の子がいたの。その子は幼馴染で本当に仲良かったんだけどね・・・でもね・・・ある日突然心臓発作でなくなってしまったの・・・だからね、私はその後もずっと彼の後姿を追っているような感じがして・・・」
急に悲しい話を彼女は打ち明けだした。
「彼のこと今でも・・・好きなの・・・?」
僕は無神経にもとっさに聞いてしまった。
「ううん・・・分からないけど・・・でも、このアジサイのストーリーを聞いてなんだか泣けてきたっていうか・・・それでこの花言葉が好きになったんだ。」
「辛抱強い愛情?」
「そう・・・私の恋は悲運で叶わなかったけど、こんな風に人を想えてたら例え叶わなくても人は幸せなのかなって・・・」
彼女はそう言うとはかなげな顔をして下を向いた。
僕はなんていったらいいのか分からなくなった。
そして、次第に彼女はか細い声で泣き出してしまった。
涙のしずくが目からこぼれているようにも見えたが彼女は下をうつむいたまま手で顔を覆っていたのではっきりとは分からなかった。
僕は黙っていたが、彼女は泣き止まなかった・・・
そして、僕は急にこう切り出してしまった。
「もう辛抱しなくていいよ・・・」
そう言うと彼女はこっちをちらっと見てきた。
「僕が君を幸せにするから」

 

そして、僕らはめでたく婚約した。
ちょうどあれから2年がたっていた。
僕らは27歳になっていた。
水川琴は形見琴になった。
その話を聞いて水川社長は大いに喜んでくれた。
「そうか、そうか・・・それはめでたいよ!」
彼はたちまち会社中にその噂を広めてしまいみんなも多いに喜んでくれた。
そして、まだ結婚式の日取りも決まってもいないというのに、会社が僕らの結婚をお祝いしてくれたりもした。
琴から以前聞いたことがあったけど、実は彼女のお父さんは僕を跡取りの後継者にと思って真剣に考えてくれていたそうだった。あるいは、跡取りとまではいかなくても将来は実質的な会社経営のパートナーになってくれればいいなとは考えてくれていたそうだった。
「お父さん、形見君にはすごい期待してるんだよ」
デートの時に彼女にそう言われた時は胸がバクバクするほど嬉しかった。
そして、僕らは晴れて結ばれることになりそれが実現するかのように思えた。
しかし、僕はまだその時は幸せの絶頂の中にいてこの先僕らに何が起きようとしているのかなど知る由もなかった・・・

6.恋のリスタート

 

「え~25歳?修さん僕と同世代・・・?」
「うん・・・そうだと思うよ。」
勤め始めて2週間くらいたったある日、急に僕の歓迎会が行われた。
蒲田の駅から徒歩7、8分くらいにある繁華街のとある居酒屋でみんなすでに酔い始めていてさっそくどんちゃん騒ぎが行われていた。
僕にそう聞いてきたのは工場の作業員の哲というやつで同い年だった。何でも、親が離婚して母親しかいないらしくて、貧困家庭育ちなのか大学もろくに行かれなかったそうだ。なので、高卒でこの水川ネジに入社してそれ以来ネジの製造現場一筋の職人人生を歩んできたらしい。だから25歳といってももう7年目のベテランでどこか貫禄があるうえに、おまけの若いのにもう結婚しているらしい。
 気さくなやつでまだ何度か会話した程度の中なのに修さんと呼ばれまでになっていた。
ハイボールが大好物だそうで、すでに5杯目くらいまで飲んでるらしい。
「おい、いくら金曜だからって飲み過ぎだぞ。奥さんにまた注意されるぞ!」
そう横から説教し出したのは生産管理の茂木先輩という人で、毎日彼から修一は色々仕事のことを教わっていた。何でも、新卒で入った中堅の会社で生産管理をやっていたが先輩や上司と馬が合わずに半ば喧嘩しそうになり辞めてこの会社に拾ってもらったそうだ。
「え~茂木さん、それはナッシング。怒られるのは勘弁。注意じゃなくてチューならほしい!」
すでに酔い全開になっているようだった。
「ったくしょーがねーな、こいつは・・・」
もうすでに潰れているかと思ったら
「修さんって、ジャンプとか読んでました?」
いきなりジャブをくらわすような不意打ちの質問をしてきた・・・
「うん・・・読んでたよ。小中学生の時は毎週欠かさず読んでた。」
「やっぱり!同世代だもんね・・・あとエヴァンゲリオンとかは?」
「うん・・・マンガは読んでないけど、アニメは見てたよ。」
「やっぱり!同世代だな~」
そう言いながらまたもやハイボールをグイっと飲み干したらいきなりテーブルにふせて眠りこけてしまった。
茂木先輩が哲に向かって
「おい・・・ったくしょーがねーな」
そう言って水を哲のためにもってきてもらうようにウェイターに頼んでやった。
僕の周りはこんな感じで騒々しい限りだったが、隣のテーブル席では水川社長と亀山工場長と社員の何人かが話し込んでいた。また、一番端の席では水川社長の娘が座っていて、何やら工場長と色々と会話をしているようだった。
確か、水川琴っていったっけ・・・
社長から以前紹介されたときに確か同い年だって聞いた。
社長はお世辞にも風貌がいいとは言えなかったが、娘は父親とはまったく似ても似つかぬ感じで、美人とまでは言えなかったが清潔感があってどことなく綺麗な雰囲気だった。おまけに性格も優しそうで、自分が勤務してまだ3日くらいの時にオフィスの会議室の場所が分からず廊下をうろうろしていたときに
「あ・・・形見さんこっちですよ・・・」
と親切に案内してくれた。
それ以外にも、オフィスの書類のある場所や電話やFAXやコピー機の使い方、その他色々な仕事上のことを世話してくれていた。
「ありがとう」
と一言だけいったが彼女は軽く会釈しただけだった。
そんなことを考えていたら水川社長がいきなり立ち上がり
「じゃー諸君!形見君の入社を祝って最後に一本締めといきますか!」
そう言いだすと
「え~社長、一本締めなんて古いっすよ!」
哲が酔いがさめたのかいきなり起き上がってそう叫んだ。
「まあまあ・・さあみなさん立って立って!」
社員一同起き上がった。といってもこの会社はほとんどが工場の作業員なのだが・・・
社長と娘の水川琴と茂木先輩と僕以外は事務の社員はあと数名いるだけで他はパートのおばさんくらいしかいなかった。それ以外は亀山工場長を始めとする作業員10数名で成り立ってい本当に少数精鋭の零細企業だった。
全員立ち上がって
「パパパン、パパパン、パパパン、パン」
めでたく一本締めは終了して僕の歓迎会はお開きになった。


 それから、2か月ほどたったが、修一は仕事を順調に覚えていた。元々物覚えはいいほうだったから仕事は一度聞いたらすぐに理解した。そして、この数字を扱う生産管理という仕事は自分には案外向いているのではないかと思った。茂木先輩は要領のいい修一を気に入っているようでとても丁寧にかつ親切に仕事を教えてくれた。また、そんな修一を見て水川社長もご機嫌な様子だった。
そして、ある日社長に
「修一君・・・事務所の外にある花壇の花に時々水をあげてくれないか?なんか枯れそうになってしまう時があって・・・」
などと言われて頼み事までされた。
修一は社長に信頼されていると思って喜んで引き受けた。

 そして、ある日の昼休み・・・
修一は社長に言われた通り花壇の花に水やりをしていた。日射しが照っていたためじょうろで水をあげると、虹がかすかにうつった。すると、たまたま後ろを通りかかった社長の娘である水川琴が話しかけてきた。
「お父さんに言われて水やりしてるんですか?」
彼女はそう聞いてきた。
「うん・・・・・・まあ、そうですね・・・」
「私この青のアジサイ好きなんですよ・・・」
「そうなんだ・・・」
「うん・・・とっても綺麗だし・・・それにこのアジサイ花言葉知ってます?」
「ううん・・・知らないですね・・・」
彼女は急に花の話をし始めた。
アジサイって色の種類ごとに花言葉が違って青のアジサイは冷淡、無情、浮気なんです」
「え・・・?」
僕がそう聞き返すと、彼女はくすっと笑った。
「おかしいでしょ?全然綺麗じゃなくて・・・」
僕はいきなり彼女にそう言われて
「そう・・・ですね・・・確かに・・・」
そう返事するより他なかった。
「でも・・・この花言葉は別の意味もあって・・・辛抱強い愛って意味もあるらしいですよ。」
彼女はまたそういった。
「それじゃ・・・全然別の意味じゃないですか・・・」
「そうなんですよね・・・だから不思議っていうか・・・でも、これにはあるエピソードがあって・・・」
「エピソード・・・?」
僕が何のことだか分からないといった感じで目を丸くしていると、彼女はまたくすっと笑うように
「それは・・・秘密・・・また今度お話しましょう・・・」
そう言ってきた。
「秘密って・・・何ですか、それは・・・」
僕は不意をくらったような形になったの思わずそう捨て台詞みたいに吐き捨ててしまったが、彼女はまったく意に反せず
「ねえ・・・形見さんって頭いいんですよね?」
と急に聞いてきた。
「え・・・?」
一体何のことやら?と思った。
「何か一流大学出てて野間証券さん・・・?私あまりエリートの世界とかよく分からないけど、そこにいたって・・・」
彼女はどうやら僕のことはある程度すでに知っているようだった。というか社長の娘なら家でそんな話は当然するだろうし、そもそも社員さんなんだから新しくやってきた新参者の経歴くらいは軽くチェックするのは当然だろう。
「まあ・・・でも実質クビになったんですけどね・・・」
僕が下を向いて恥ずかしそうにそう答えると
「まあ・・・人生長いですし・・・そんなこともありますよ。」
彼女は優しくなだめるように僕にそう言ってきた。
「私なんて頭悪いですから・・・」
今度は逆に彼女が下を向いた。
「そんなことはないんじゃ・・・」
僕が慰めるようにそう言うと
「形見さん優しいんですね・・・」
いきなりそんなことを言ってきた。
「え・・・?」
完全に彼女のペースに持っていかれそうになっていた。
「じゃあ・・・優しいついでに頼み事聞いてもらっちゃおうかな・・・」
「頼み事?」
僕は何のことだか分からなかった・・・
「私事務の他にも経理とかやってて・・・お父さんに任されてはいるんですけど、まだまだ勉強不足で分からないことだらけなんですよね・・・」
彼女はそんな自分の仕事のことを話し出した。
「だから・・・よかったら今度教えてもらえないかなって・・・どうですか?」
彼女は僕の顔を覗き込んで確認するかのようにそう聞いてきた。
「うん・・・いいですよ・・・僕なんかでよかったら・・・」

5.新たなリスタート

 

「それじゃあ・・・修一君これからはよろしくたのむね」

水川ネジの水川静社長にそう面接の時に言われたときは、心底ほっとした。

そんなに簡単に受かると思ってなかったからだ。

彼は父立彦の仕事の取引先の町工場の社長で、親の代からネジ工場を継いでいる筋金入りの職人だった。どんなことも妥協せず少しでもいい品質のものを世に送り出したい一心でこの道を進んできたそうだ。大田区にある本社事務所と工場が隣接する小さな町工場にしか過ぎなかが、一日になんと数十万本ものネジを生産する優良零細企業で、大手企業からの信頼も厚く知名度こそはないが技術・品質ともに秀逸なものがあった。

 あの日、父立彦に話があると呼ばれた時に修一は水川社長のことを教えてもらったのだった。

「何でも、妹さんの息子さんが不登校で引きこもりだそうだ。だから、私が久しぶりに彼に会ってお前のことを話したら同情してくださってな。事件のことやニュースのことも重々承知で雇ってくださるそうだ。」

 修一は父に勝手にそんなことを決められたくはなかったが、何十社も受けても一向に先が見えない状況ではいよいよそのツテに頼るしかないと思った。

「まあ、お前はまだ大企業にこだわりがあるんだろうが・・・一度こういう会社を受けてみるのもいいんじゃないか?」

 そう言われて半ば説得されたような気がした。よく分かりはしなかったが、修一はしぶしぶ面接に行ったのにも関わらず、その場ですぐに大歓迎してくれて思いのほか考え方がガラッとかわってしまった。

「お父さんからお話を聞いてね・・・就職が大変だってことを・・・それでね、是非うちに来て働いてもらえないかってことになってね・・・」

父親が無理やり頼み込んだのかと思っていたが、水川さんの方が諸手を挙げて大歓迎してくれているようで、修一もその場で即入社を決意してしまった。

「いや~君の経歴は素晴らしいよ。早稲田を首席で卒業だなんて・・・そんな社員うちに一人もいないから是非力になってくれればと思いましてね・・・まあ、私は本来なら履歴書なんて信用しないんだけどね。でも、お父さんのお人柄もあるし、それに君と会って一目で君も信用できると思ってね・・・」

 そんなことまで言われて修一は正直、気恥ずかしくもなった。何でも、父立彦の話だと経済学部卒で数字に強い修一には是非とも、生産管理の仕事を頼みたいとのことだそうだ。工場長と連携を取りながらネジ工場の生産現場の指揮監督を取ってほしいとのことだった。

そして、晴れて入社が決まってから研修が始まり、修一は工場の見学などをさせてもらった。

「こちらが工場長の亀山さんだ。主に、この生産現場の指揮監督をしてもらってる。工場の生産ラインやスケジュールの管理や作業員の採用や配置計画などをお願いしてる。」

「はじめまして、亀山です。水川さんからは話はうかがってます。是非、一緒に頑張っていきましょうね。」

水川社長がそう説明すると、隣にいた亀山さんが修一に挨拶してきた。僕ごときの若輩者にわざわざ丁寧に挨拶をしてきたので、野間証券にいた時とは待遇の差というのかギャップのすさまじさに思わず驚いてしまった。

「はじめまして・・・形見修一と申します。製造業の勤務は初めてで未熟なところはありますが、是非お願い致します。」

修一は亀山工場長が思いのほか丁寧な挨拶をしてきたので、負けないように精一杯誠意を込めながらそう言ってお辞儀をした。しかし、途端に亀山さんはにこっと笑顔になり明るい表情をし出した。

「いや・・・あはははは・・・製造業だなんてそんなあらたまってさ・・・大袈裟だよ、修一くん!野間証券の社員さんから見たらちんけな掃き溜めみたいな町工場だけど仲良く宜しくね!」

 なぜか途端にフランクに親しみを込めて亀山さんはそう言ってきた。たった一度挨拶を交わしただけでもう自分という人間に慣れてしまったのだろうか・・・?

「亀山さん、ちょっとさ・・・まさか昼間っから酔っぱらってないでしょうな・・・」

「あははは・・・大丈夫だよ!昨夜は女房に止められたから!」

「ははは・・・そっか・・・それは残念でしたね・・・」

水川社長も途端にフランクになって笑いながらそう冗談っぽく言った。

野間証券のエリートの世界とはうって変わってがらりと雰囲気が違うような気がして、そんな二人の会話にはついていかれそうになかった。

「まあ、亀山さん・・・ちょっとおいらは事務所に戻る用事があるから・・・修一くんに工場案内してやってよ・・・」

「はいよ・・・船長」

そして、改めて水川ネジの工場の現場を案内してもらった。

水川ネジは実に様々な工業用ネジを生産していて、ライン生産や単位ごとの生産方式であるロット生産など色々な組み合わせで現場を管理しているようだった。機械は見事なまで精巧に造られていて、これらの工作機械のほとんどは昭和に製造されたものらしい。修一がそのことに驚いて質問すると

「いやー、ははは・・・世の中そんなもんだよ。この機械なんて昭和43年製だからね・・・昔の人は機械への思い入れがすごいのかもね。それに比べて最近の新しい機械はすぐに壊れる。」

 また豪快に笑いながら亀山工場長は得意げに語った。

「社長や先輩からこれから色々教えてもらうかと思うけど、君にはおもに原材料の発注や在庫管理の他に、工場の生産計画を行ってもらうことになるけどね。営業から上がってきたデータを元に需要を予測して今月はどれくらい生産したらいいだとか・・・それに伴い利益が出るように計画してもらえれば・・・まあ、僕は数字が苦手だから詳しくは社長から聞いてください。」

 亀山工場長は急に真面目に話し出したかと思いきや、最後は分かりませんの一点張りだった。

「あ・・・でも、分からないことがあったら何でも私に聞いてください。工場の生産ラインと上手く連携とらないとどうしても業務上ミスが起きるからね・・・そこはうまくやっていきましょう・・・時間があれば僕はいつでもこの現場かあそこにある事務室にいるからさ・・・」

 そういって亀山工場長は遠くにある自分の部屋を指さした。

工場の奥にある木製のドアの向こう側にどうやら工場長室があるようだった。

「はい、分かりました。ありがとうございます。」

そのようなやり取りをして一通り工場案内は終わり、その後に水川社長から今後の話を簡単に教えてもらい、その次の日からさっそく研修も兼ねて実際の業務に取り掛かることになった。

いよいよ、新たなリスタートだ・・・と修一は思った。

4.就活の蹉跌

 

僕はいつもそうだ・・・肝心な時にいつもドジばかりする。運動会のリレーの大会の時にバトンを取り忘れてそのまま走り続けてしまい、横から先生に怒鳴るように言われていたが気づかずそのままゴールしてしまい、結局、無効でビリという結果になってしまいチーム全員に迷惑をかけたことがあった。昼休みに校庭にある小さい池にいるタニシやら金魚を不思議そうに観察していたら、夢中になり過ぎていつの間にか体ごとドボンと池に落ちてしまい、水浸しの格好で廊下を歩いていたら先生がびっくり仰天してかけつけてきて、母親が着替えを持ってくるようにと呼び出されて大慌てで学校まで来た、という記憶まである。中学に入ってからもとにかく周りからは浮いていた。周りは校庭などで昼休みとかにスポーツをしている子が多かったが、自分は趣味の合う子たちとだけ群がって今週読んだジャンプとか漫画やアニメの話ばかりしていた。高校に入ってからはテニス部に入っていたが運動はからきしダメで女子部員からもからかわれることがあったほどだった。大学に入ってからも仲の良くなった友達といつもたむろしていたが、よく講義が終わった後に教室に忘れ物をしたり、課題やらレポートを忘れそうになって友達からからかわれることが多かった。

「修一、そんなんで社会人なってから大丈夫か?心配だよほんと・・・」

そして、それは予感的中したのだった・・・



「それで・・・これからどうするんだ・・・」

父立彦が単刀直入に聞いてきた。

三人で食卓を囲んで夕飯のビーフシチューとポテトサラダを食べていた。

「ちょっとあなた・・・何も今聞くことないじゃない?夕飯時なんだから・・・」

母の尚子が父を説得するかのようにそう言ってきた。

「うん・・・そうなんだが・・・食べ終わったら修一部屋にまた籠ってしまうからな・・・」

図星だった・・・

会社をクビになって以来、父とはまともに会話すらできてない。というか・・・話したくなかったので夕飯時以外はほぼほぼ自室に閉じこもっていた。

「今のところ就活しようと思ってるよ・・・」

僕はまた嘘をついた。

本当はもうあれから10社ほどは密かに隠れて受けていたのだが、一向に受からず焦りが見えていた。だからこのことだけは何としても父親にはばれたくなかったのだ。

「そうか・・・まあ・・・それならいいんだがな・・・」

立彦は少しだけほっとして肩をなでおろしたように見えた。

「ごちそうさま」

これ以上突っ込まれたことを聞かれるのはまずいという予感しかなかったので、さっさとその場を離れる作戦にでた。

急いで食器を片づけると早歩きのごとく自室にまたこもった。

部屋に入るとまた仰向けになり質素で素朴で何のデザイン性も感じられない白い天井をぼんやり眺めていた。そして、穂乃花の予感が的中したことを今更ながらに恐怖を覚え始めていた。

「だって・・・こんな大ニュースになったら経歴に響くし・・・それに、今のこのご時世いくら隠してもネットやSNSであっという間に拡散されてしまっているかもしれないし・・・」

彼女にそう言われた一言が今ずしりと自分の肩にのしかかっている。何社目か忘れたが大手の銀行の面接試験の時に確かにそう確信せざるを得えないようなことを言われた。

「君は・・・こんな大手の優良企業を三年でやめるなんて・・・何かあったのかい?」

僕ははっとした・・・何か勘繰られているのだろうか?はたまた真実を知られてしまっているのだろうか?

「いえ・・・特に何もありません」

精一杯そう答えたが、面接官は容赦なかった。

「いやいや・・・別にそれならいいんだけど・・・野間証券で大ニュースがあったと思うんだけど・・・それともしや関係してないかと思ってね・・・」

その質問で僕はドキッとした・・・もしや・・・?と思った。

「それが何か関係があるのですか?」、

精一杯落ち着き払う素振りを見せながらかろうじてそう答えたが、僕の胸は動悸でバクバクしそうになっていた。

「いや~ちょっとした虫の知らせってやつさ・・・」

「虫の知らせ?」

「うん・・・何やらテレビのニュースを見ていたらその例の事件を起こした若手社員は25歳だって言うし・・・君とちょうど同い年だよね・・・しかも同じ時期に会社を偶然辞めいている・・・」

思わずはっとした・・・一体どこまで知られているのだろう?

「いや・・・関係ないならいいんだけどね・・・」

僕はさらに動揺し始めて何も話せなくなっていた。

「まあ・・・つまらない話をしてすまなかったね・・・それでは志望動機を聞かせてください。」

そう言われたが、僕はすでに頭の中が真っ白になっていてどう受け答えしたかも分からないまま面接は終了した。

 天井をボーっとながめながら修一はそんなことを思い出していた。

そして極めつけはSNSでの投稿内容に数日前に気づいてしまったことだった。穂乃花が言った通りネットにはそこら中に悪意が満ちていた。

「野間証券の若手社員がヘマしてくびだってよ」

「あの例の事件のやつ?」

「バカだよね・・・せっかくのエリートの肩書を」

「俺だったらそんなおいしいエリートの道わざわざドブに捨てるような真似はしないね・・・」

「言えてる・・・ほんとアホだなこいつ・・・多分勉強バカなんだろう・・・」

「こいつの名前ネットにさらしてやろうぜ・・・」

「そうだな・・・エリート気取りがいい気味だ・・・これからは苦労しやがれ・・・」

「S.Kさんで~~~っす!!!」

「あははは、言っちゃったね!ご愁傷様です」

「お勤め・・・ご苦労様でした。」

「あはははは・・・」

あはははは・・・・あはははは・・・あはははは・・

そんな笑い声が天井の上の裏側まで響いていきそうな勢いだった。

そんなネットの書き込みを今更ながら恐ろしいと再認識した・・・

そして、僕は冷静に考えてこの情報が一体どこから流出したのだろう?と思った。

 僕は会社を実質的にクビになった時には

「退社後も会社において知りえた情報については一切口外してはならない。」

とわざわざ誓約書みたいなものを半ば強制的に書かされたというのに、自分はなぜこんな情報を晒されているのだ・・・?

 そもそも、野間証券を実質クビになった後に法律に詳しい知り合いに聞いたのだが、会社が懲戒解雇にあえてしないというのは後々訴えられたくないという本音があるそうなのだ・・・まあ、自己都合退社の方が再就職する分には差し支えない処分なのだが、どの道世間にばれているのでは同じことなのだ・・・

 そして、こんなことをしでかすやつらを許せなかった。

国枝と柴田と同じ部署の先輩しか知れない情報だったので、大方その三人のどれかが口をすべらせて、それを聞いた悪意に満ちた誰かがネットに晒したのだろう・・・

「もうやめてくれ・・・」

いい加減にしてくれと思った。この世の社会の悪意にうんざりした。

そして僕は穂乃花に久しぶりにLINEしてみた。あれから何度かLINEしてみたが、既読になっているだけで一向に返事はなかった・・・

 しかし、予想以上に彼女からの返信は早かった。あまりに早すぎたので驚いて飛び上がりそうになった。

「ごめん・・・修一・・・あれから色々考えたんだけど・・・もう会わない方がいいと思って。修一とは結婚のこととか将来のこととか考えていたから・・・だからあまりにショックで。何ていったらいいのか分からないけど・・・ごめんなさい。」

そんな文章がそっけなく返ってきて僕は一体どうしたらいいのだ?と愕然とした。

あまりにも悲しい・・・

そう思った。

そしてそれからまた一か月ほど立ったが、一向に就活はうまくいかなかった。

「どうだ・・・修一・・・就職の方うまくいってるか?」

時折、父立彦は心配しながらそう聞いてくれたが、僕は就活が何度やってもうまくいかないストレスや不安と穂乃花にまで捨てられたショックがあまりにも大きすぎて

「うまくいってるわけないだろ!もうほっといてくれ・・・」

自室までわざわざ来てある日の晩にいつものように聞いてきた父親がうっとおしくなって怒鳴りちらしてしまった。

立彦は少しだけイラっとしたような表情を見せたが

「そうか・・・まあ、そろそろ夕飯だから下におりてきなさい。」

そう言ってきた。

「うん。」

僕はそう返事した。

「まあ・・・あれだ・・・ちょっとばかし話がある・・・」

そう言い残して立彦はリビングのある一階へと下りて行った。

3.恋の喪失

 

桜井穂乃花と会ったのは実に2か月振りくらいだった。

「久しぶり修一」

「うん・・・久しぶり」

彼女は屈託のない笑顔を僕に見せながら喫茶店のテーブルの向こう側からそう言ってきた。

「あれ・・・もしかして元気ない?」

相変わらず勘が鋭い・・・

多分僕の表情や雰囲気やら身にまとっているオーラなど、そんなあらゆる僕を憂鬱な雰囲気にさせている要素を得意の因数分解でもしながら要点をまとめて瞬時に答えを出したんだろう。

でも、そんな知的に利発で勘の鋭い穂乃花のことを修一は好きだった。自分は勉強こそずば抜けてできていたが、どこか抜けていておっちょこちょいなところが昔からあって、いつも穂乃花に助けてもらっていた。経済原論の授業でレポートがあってその期限をたまたまメモし忘れていた時、彼女が心配して電話してきてくれて思い出したこととかもあった・・・

「修一ってば頭はいいのにどこかおっちょこちょいなんだよね・・・」

いつも彼女にはそう言われて恥ずかしい思いをすることがあった。

「ごめん・・・」

いつもそう答えるしかなかった。

「でも・・・何かそこがくすぐられるっていうか・・・ほっとけないんだよね。」

彼女にそう言われるとあながち悪い気もしなかった。

「元気・・・ではないけど・・・」

「そう・・・」

穂乃花は少し息を吐くようなポーズを取りながら、それからさっき注文したアイスレモンティーを一口だけずーっと音を立てて飲んだ。修一もそれに合わせるかのようにアイスロイヤルミルクティーを慌ててごくりと飲んだ。

「そういえばさっき電話で聞いたけど会社・・・休んでるんだって?どこか具合でも悪いの?」

「まあ・・・ちょっと・・・うつ病とか不眠とかだね・・・ちゃんと精神科にも行ってるし3ヶ月の間だけだし穂乃花が心配するようなことじゃないよ。」

半分本当だが半分嘘だった。

あれから中々夜も寝付けないほど鬱的な状態であったことは確かなので毎晩就寝前に処方してもらった睡眠導入剤を欠かさずに飲み干していたのは確かではあったが、会社をクビになった話はいまだに彼女に切りだせていなかったのだった。

「そう・・・それならまあよかったけど・・・」

穂乃花は少し安心したようにみえたがすかさず聞いてきた。

「心配かけさせないでよ・・・」

僕はその場でうつむいてしまった。

なぜか気まずくなってきたのでしばらくお互いに少しだけ下を向いてしまった・・・

自分の足元の床のタイルがチャコールグレーのような色をしていたことにその時初めて気づいた。

「今日用があるってこのこと・・・?」

修一は思い切って聞いてみた。

今朝がた穂乃花から珍しく用があるからって携帯に電話があったのだった。普段はどこかに行きたいとか買い物に行きたいとかデートの約束だとか何かしろ用事があるときにしか電話してこないくせに、何か少しだけ違和感というのか・・・変だな?と修一はその時思った。

「う・・・ん、実はそうじゃなくて・・・」

穂乃花も中々切り出せない感じだったので僕は思い切って自分からトライしてみることにした。

「もしかして・・・あのニュースのこと?」

「え・・・?」

穂乃花はそう聞かれて何かばつが悪そうな表情で顔を急に横に向けてしまった。

「やっぱりそうか・・・」

僕も知られてしまったことがショックだったのでまた下を向いてしまった・・・

またもやタイルのチャコールグレーが目に差し掛かった。

「修一ごめん・・・単刀直入に聞けなくて・・・でも、あれってまさか修一関係してたりしないよね?」

「え・・・?」

何でそういう結論になるんだ?まだ何も話してもいないのに・・・

「何で・・・そう思うの?」

とっさに聞いてみた。

「そりゃあ・・・だって・・・さあ」

どう切り出したらいいのか彼女も迷っているようだった。

「何ていうか・・・勘?」

「勘・・・?」

僕は目がハテナマークになった。

「だって修一、最近LINEしてもまったく返信ないし、たまに一日たっても既読になってない時あったし。それで久しぶりにやっと電話が繋がったと思ったら「会社休んでる」だなんていうもんだからさ・・・」

「それは・・・最近疲れてたんだ・・・いっただろ・・・不眠で精神科に通ってるって。」

「そりゃそうだけど・・・でもLINEで返事くらいくれたっていいのにさ・・・入力するなんてすぐにできるじゃん・・・」

「ごめん、それは悪かった・・・」

僕は素直に謝った。

「それはいいけどさ・・・それでね、ピンときたの。何かあったんじゃないかって・・・」

穂乃花は自前の鋭い直観力でずけずけと僕の聞かれたくない話題に入り込もうとしていた。

「先日ね、テレビで見ちゃったんだ・・・たまたま夕飯の時にお父さんが修一の勤め先がニュースになってるって騒いでて・・・それで気づいてしまったという流れです・・・」

「そうなんだ・・・」

「ごめん、悪気はないの。知りたくなくても目に飛び込んできちゃって・・・それで、今朝電話してみたら会社休んでるって・・・それでね・・・すぐにピンときたの。」

「そうなんだ・・・」

それしか言葉にならなかったが、同じセリフをリモコンでリピート再生している気分だった。

「修一まさか事件と関係してたりしないよね・・・?」

僕はどこをどううまく辻褄を合わせて説明すればいいのか分からなかった。もはや回避不能だと思い、彼女には本当のことをすべて話すことにした。

彼女はしばらく呆気に取られてた・・・

「そう・・・」

彼女は少しも微動だにしなかったが、まったく動揺してないわけではなさそうだった。それを証拠にすでに飲み終わってるアイスレモンティーをズーズーと音をたてながらいつまでも飲んでいるようだったから。

「驚いた・・・?」

僕は何も話さない彼女に向かってそう聞いた。

「お・・・驚いたけど、それは・・・」

彼女も気まずいようだった。

しばらくすると彼女は急に話を変えてきた。

「あのさ・・・今後はどうするの・・・?」

そう言われても自分でも先のことなど分かりようがなかった。懲戒解雇にはならなかったけど、経歴に罰点がついたのは一目瞭然でうまくやらないと再就職はかなり厳しい状況なのだった。

「とりあえず・・・失業保険もらって・・・それで・・・」

「再就職・・・とか?」

彼女が僕の会話のあとに続けるようにそう聞いてきた。

「うまくいくの・・・?」

「え・・・?」

彼女が途端に不安をあおるようなこと言ってきた。

「だって・・・こんな大ニュースになったら経歴に響くし・・・それに、今のこのご時世いくら隠してもネットやSNSであっという間に拡散されてしまっているかもしれないし・・・」

そう言えばそうだ・・・いつもながら穂乃花は機転が利くし賢い・・・そこまで考えていなかった。

「もしそうなったら大丈夫なの・・・?」

「うん・・・それは・・・」

そう言われて僕はたちまち不安になってきた。

僕が黙ってると彼女もうつむいてしまった。しばらく二人とも窓の方を眺めながら黙っていた。そんな感じで数分過ぎると穂乃花は気まずくなったのか、いきなり立ち上がった。

「ごめん・・・これ以上聞くと尋問みたいになっちゃうね・・・帰るね・・・」

「帰るって・・・いきなりどうしたんだよ・・・」

僕は彼女が僕から途端に去っていくような気がして慌てて聞いた。

「ごめん・・・しばらく一人で考えさせて・・・」

そう一言言うと彼女は自分の飲み代だけカウンターに置いてさっさと店を出て行ってしまった。

僕はどうしようもない寂しい感情に襲われながらぽつんと店に一人取り残された。

彼女からその後しばらく連絡は来なかった。

2.嘘の発覚

 

修一がとっさにくたびれた寝間着姿で布団にくるまりながら仰向け気味に嘘をついたのは翌日早朝のことだった。

「今日は会社は休む。」

立彦がいつまでたっても起きてこない息子を心配にして、無理やり部屋に押し入ってきて聞いてみたら返ってきた答えがこの有様だった。

「会社行かないってどういうことだ?体調でも悪いのか?」

「うん・・・最近、不眠気味で体調が悪いんだ・・・」

「不眠って・・・昨日あれだけ酒で酔いつぶれてたからだろ・・・あれだけ飲んだらそりゃ寝つきも悪くなる。」

立彦は呆れて物も言えなかった。

「もう学生気分からいい加減抜け出しなさい。」

そういってもこのようにベッドに張り付いて起きてこない息子に自然といら立ってきて

「体調も悪くないのに酒飲み過ぎただけなんて通用しないぞ!いいから行きなさい!」

無理やり起こそうとしたが息子は微動だにしないので、いよいよ呆れて

「今日だけだからな・・・会社には電話しなさい。」

そう言って父立彦は出て行った。

「やっと行ってくれた・・・」

布団の中でそう一言呟いた。

思えば、修一はほとんど会社を休んだことはなかった。そもそも学校ですらほぼ休んだことはなく、小学生の時は皆勤賞すら取ったことがあるほどだった。それを同級生の不真面目な子たちは逆に面白がってからかってきたりもしたが、家族や祖父母や親戚らは修一のそんな真面目なところが自慢だったらしくしきりに褒めてくれた。そんな少なくとも家族の間ではずっと優等生で通ってきた自分が途端に風邪でもないのに休むと言い出したので父親としても何があったのか理解に苦しむのだろう。そして、そんな父の期待に応えられずに裏切ってしまった感すらあった。父親には会社には電話したことにしておいたが、嘘をまたつくには気がひけた。会社に連絡するにももう電話する勤め先などこの世に存在しないのだ・・・

父立彦はリビングで母の尚子と会話していた。

「あの子、休むんですって?」

「ああ・・・どうやらそうらしい。」

「珍しいはね・・・」

「まったく・・・まだ入社3年目で今が肝心な時だというのに・・・」

立彦がそういら立っていると

「でも・・・まあたまにはいいんじゃない?あの子、学校も会社もほとんど休んだことなんてなかったし・・・たまには一息つくことも必要よ。」

尚子がそうたしなめる様に言ってきたので

「そうだな・・・」

立彦はしぶしぶそううなずいた。

 しかし、修一の休みは連日続いた。最初は体調が悪いということでうまくギリギリなところでごまかしていたが、そんな日々が1週間続いてくるといよいよそんな悠長な雰囲気ではなくなってきた。

「おい・・・どういうことだ!もう1週間だぞ。会社にはちゃんと連絡してるのか?」

立彦はまた寝室のドアを押し入るようにこじあけてきてそう怒鳴って来た。

「ああ・・・大丈夫だよ、さっき連絡したから・・・」

「連絡したって・・・会社の規定は一体どうなってるんだ?1週間以上とか続けて休んだら何らかの診断書が必要なんじゃないのか・・・?何かどこか具合でも悪いとか体調不良が長期に続かない限り認められないはずだ。」

診断書・・・確か会社の同期が・・・といってももうクビになったから元同期なのだが・・・そんなようなことを以前言っていたのを小耳にはさんだことがあった。長期的に連続で休む場合は病院にいって病状を証明する診断書を会社に提出する必要があると・・・

「どうなんだ?」

「あ・・・実は診断書が必要で・・・うつ病なんだ」

反射的にそう言ってしまった。

うつ病だと・・・?そんなこと一度たりとも言ってなかったじゃないか。」

その通りだ・・・だってうつ病などではなく会社をクビになったのだから・・・

むしろそっちの方が言葉として発するのはよほど勇気が必要だった。

「本当にそうなのか・・・?」

「うん、最近金融業界はうつ病が多いんだ・・・過酷な労働環境と残響続きで・・・」

ブラック企業の過労ってやつか・・・」

最近よくそんな事件のニュースが報道されるので巷で噂になっていたので、立彦もそれくらいは世間並には知っていた。

「うん・・・そんなとこ・・・」

「しかし、お前の企業はそんなブラック企業と言えるほどの環境ではないじゃないか。」

確かにそれは言えていた。残業こそはそこそこあったが過労死に当たるほど過酷な労働環境とは言えなかったし、パワハラ対策も昨今は進んでいて離職率も徐々に低下していた。

「でも・・・自分はそうなんだ・・・」



何もかもめんどくさくなって思わずそう言ってしまったため、修一は父の目をごまかすために精神科というものに初めて行くことにした。

初めての精神科の病棟は思ったよりもこぎれいなクリニックで、開業されて間もないらしく場所は都心から少し離れたところにあった。

「形見さん、2番の部屋へお入りください。」

1時間も順番を待たされるとは思っていなかったが、ようやく診察の時間になった。それだけうつ病の患者がこの世には溢れかえっているということなのか・・・?

「初めまして・・・当クリニックの宇月と申します。」

宇月クリニックとホームページに書いてあったので、院長の本名のようだった。

うつ病など症状については先ほどの問診票を見させていただきました。」

問診票とは初診の患者の症状がどのようなものか分かるようにあらかじめ診察前に記入するものだ。

「これは・・・明らかにうつ病の症状ですが・・・今現在の体調はどのような感じですか?」

形見は会社をクビになってうつ症状がひどくなったことを言いたかったが、親に連絡されるとまずいと思ったのでそのことは触れずに今現在の体調についてだけ答えた。

「なるほど・・・不眠が続いて・・・ふむふむ。」

宇月医院長はデスクの横にあるパソコンに何やら入力しているようだった。

「なるほど・・・分かりました。それではうつの症状によく効くと言われる薬と睡眠導入剤を処方しておきますね。とりあえず2週間分出しておきますので様子を見ましょう。」

「ありがとうございます。」

お礼を言った後に、修一は診断書を書いてもらうように院長にお願いした。

「なるほど・・・そういうことでしたら次回お渡ししますね。」

修一が了解した旨を伝えて、椅子を立ち上がろうとすると

「次回の通院時にまた症状をお聞かせくださいね」

宇月はそういった。



 とりあえず今のところ診断書は手に入ることになったので、修一は父からしばらくの間は免罪符を得る事には成功した。あるいは猶予期間とでもいうのだろうか?しかし、修一は会社をクビにはなったが、何らかの罪を犯したわけでもないので免罪符というのは少し大げさな話だ。この場合は、父を説得する材料と言った方がしっくりくる。

「分かった・・・3ヶ月だな・・・しかし、それ以上は限界があるぞ。」

「ありがとう・・・」

父立彦はどうやら事情を理解したようで以前の穏やかな話し方に少しだけ戻っていた。

「しかし、その間に何が何でも絶対に治すんだぞ。」



修一の引きこもり生活はしばらく続いていた。家で時間を潰したり通院する以外にやることはなかった。思えば学生時代から勉強一筋で会社に入社してからは仕事一筋で来た修一には趣味といえるようなものはほとんどなかった。高校時代に所属していたテニス部が関東大会に出場するほどであったので、そこそこテニスには熱中していたが、学校の勉強がおろそかになるので高3になる頃にはきっぱりやめていた。そして、今振り返るとそんなつまらない人生を送ってきた自分に何か他に特別なことなどあるのだろうか・・・?とさえ思えてきた。そんな平凡とも言える自分が急に仕事をクビになってまさか、あのような大事件を起こすことになるなんて人生は何があるのか分かったものじゃない・・・あれから怖くてニュースもろくに見てないので野間証券が今頃どうなっているのかすら事態を理解していなかった。そして、そのことをできれば忘れてしまいたいとさえ思っていた。しかし、そんな自分の妄想が現実に再び引き合わされるまではそう長くはかからなかった。

「何だ・・・これは?」

立彦が夕飯の食事の肉じゃがとコロッケを食べながら聞いていたニュースからとんでもないある事が発覚し出した。

「昨夜20時10分頃、野間証券による誤発注のミスが発覚しました。東証マザーズ上場の新規ベンチャーのジェノンテクノロジーの新規の売り注文で誤発注が起きたようです。担当者によりますと「1株47万円の売り」とするところを「1円で47万株の売り」と間違って入力してしまい、今現在のジュノンテクノロジーの株価は暴落していてストップ安では・・・」

 立彦はびっくり仰天して食べかけていたわかめスープを口から吹き出しそうになった。

「何なんだこれは・・・こんなことは聞いてないぞ!」

それもそのはずだ・・・エコノミックスを筆頭とする経済誌やあるいは週刊誌こそはこぞってゴシップネタとして取り上げていたが、「世間がパニックになり株価が暴落する」とのことで、大手マスコミは金融庁からの命令ではっきりとしたことが判明するまで報道をあえて控えていたからだ。

「おい修一、誤発注ってどういうことなんだ?」

夕食を食べ終わりさっさとひとり部屋でごろんとしていた修一に向かって、父立彦は怒鳴り込んできた。

どうやらとうとう知られてしまったようだった・・・

いや、いずれこうなるだろうと分かっていたが、何もかも面倒くさくなっていたのでもはやどうでもよくなっていたのが事実だった。

「どういうことか説明しなさい。」

面倒だな・・・と修一は思った。説明するに越したことはないが、まさか自分がこの事件の真犯人だなんて口が裂けてもいいづらいことだった。

「まさか・・・お前この事件に関わっていたりしてないだろうな・・・?」

父立彦は変なところで勘がするどい・・・

「そうだよ・・・自分がミスしてこうなった」

もはや、知られてしまったのだから隠し通す必要もないだろうと開き直って反射的にそう口からこぼすかのように言ってしまった。

「それは・・・本当なのか?」

「うん・・・そうだよ・・・」

父立彦はあっけに取られていた。

「本当なんだな・・・」

父はため息をついた。

「どうするんだ・・・」

担当直入に聞いてきたので

「どうもこうも・・・クビになった。」

そう一言で返事してしまった。

「く・・・クビって・・・まさか・・・」

どうやら本人以上に驚いているようだった。自分はここ半月ほどひきこもり生活をして、こんな事件が起きたことは遥か昔のことのような気がして、幾分か忘れかけていたほどだった。いや、正確にはもはや感覚がマヒして何も感じなくなっていたのだった。だから、今更こんなことがさも世界のどこかで起きた戦争などのビッグニュース並みに驚いている父が滑稽にも見えた。

「まさか・・・お前は一体なにをやらかしたんだ・・・なんでこんな大事なことを今まで・・・話さなかった!」

修一は何も言えなかったのでその場でうつむいてしまった。説明すると言ってもいったいどう言えばよかったのだ?

「な・・・何てことだ・・・」

父立彦は部屋から体を引きずるようにして出て行ってしまった。

1.事件の発覚

 

聖フランシスコサレジオ

 

1月24日に、カトリック教会は聖フランシスコサレジオの日としてお祝いをします。サレジオ会の名前はここから取られています。サレジオ会の創立者ヨハネ・ボスコ神父(通称ドン・ボスコ)は、日本の幕末と同じような混乱した状況だった19世紀のイタリアで、特に貧しい青少年の教育に力を入れた人です。彼の人生に一番大きな影響を与えた人物が聖フランシスコサレジオで、修道会の正式名称に自分の名前をメインに持ってこないで、サレジオ修道会と名づけました。

この聖フランシスコサレジオは宗教革命後のスイスのジュネーブに、司教として派遣されました。当時のジュネーブは熱狂的なカルバン派のキリスト教の町でした。ここに反対の立場にあるローマ・カトリック教会の司教としてやって来たのです。いろいろな形の迫害があったかもしれません。しかし、彼の葬儀の時、町の大半の人が葬儀に参列し、彼の死を悲しみました。当時の司教としては珍しいほど気軽に人に接する人物でした。敵、味方という区別もなく、出会う人を大切にした人です。分かりやすい話をし、どんな人をも受け入れ、出会った人自身が「自分は大切にされている」と感じるような接し方をした人です。司教と言う高い身分を持っていましたが、それを表に出さず、気さくなおじさんとして生涯を終えました。

ドン・ボスコはこういう人柄や人生を学び、自分の生きる糧にしました。そして、自分の学校に集まる教職員や生徒にも、自分と同じように、人を受け入れ、「自分は大切にされている」と感じるような人との接し方を引き継ぐことを願い、サレジアンという名を付けたのです。わたしたちの国には「一期一会」という言葉がありますが、この言葉のように人をそして時間を大切にしてほしいと願っています。(「学校法人日向学院」HPより抜粋)





 いつもながらのあわただしく騒音に押しつぶされそうなオフィス空間。どこか騒然としているが、皆が自分の仕事に不自然なくらい過集中している分、どこか他人が異世界の住人に見えた。まるで絵画の中で大勢の群衆の中で誰か一人だけ浮いている存在として際立って描かれた悲劇の主人公かのような・・・そんな存在。今までこの世の物語の主人公になれるなんて微塵にも思わなかった平凡極まりない性格である自分が、その日はなぜかこの舞台の主役に思えた。それは、この混沌とした残酷的で現実的過ぎるほどうんざりする日常に覆われた暗黒で退屈な世界を救うヒーローなのか?はたまた、この世に足掻きもがいている悲劇の主人公なのか・・・今年の春に25歳になったばかりの形見修一は、いつもながらの仕事場の風景をそんな感じで捉えていた。

 この現実世界は混沌としたカオスではあるが、極平凡な日常生活が繰り返されるだけの惰性的な日々だとずっと思っていた。少なくとも修一の人生は今までずっとそうだった。しかし、それらは脆く崩れていく様を見ることは想像もしなかった。少なくとも、修一は今までは平穏無事に過ごしてきたつもりだった。極平凡で惰性的とはいえ、エリート進学校であるサレジオ学院をトップの成績で卒業し、現役で早稲田大学政治経済学部に受かり、成績もオールAで主席で卒業したほどである修一には少なくともこの世界は平和に見えた。特に自分に不満はなかったし、運よく自分のポテンシャルともいえる潜在能力を十二分に発揮できて大いに努力が報われてきた人生だった。就活もとんとん拍子でうまくいき、他の無名大学の学生らが四苦八苦している最中にちゃっかりと10社も受けない間にトップ優良企業である野間証券に難なく受かった。すべてが順調だった。学生時代から付き合っていた美人の彼女である桜井穂乃花とも順調にうまくいっていた。彼女も大手の広告代理店の営業職で受かっていて入社後も仕事は順調で、週末に会う彼女とのプライベートのひと時は格別であり特別な瞬間だった。

 しかし、この世の不思議というのは誠に小説よりも奇なる事実に他ならないのだ。そのことを改めて思い知らされたのはある日、インベストメントバンキング部門の部長である国枝から部屋にお呼び出しがかかったことからだ。

「形見君・・・これは一体どういうことなのか・・・納得いく説明してもらおうか?」

いかにも部長の個室とも言えるほど立派で荘厳な雰囲気を醸し出していた部屋に個人的に呼び出されて、ガチガチに緊張しながらあらかじめ用意された椅子に座ったら一呼吸をする間もなくそう一喝するかのように質問された。

「これは・・・すみません、よく事情が・・・分かりません。」

修一は机の前でひれ伏すようにそう答えた。なぜかは分からないが、自分が何らかの取り返しのつかない重大なミスをしたから呼ばれたのだということはそれとなくで分かった。

「事情が分からないだ!?今月発行された経済誌エコノミックスの記事に出てただろ!最近の若者はビジネス誌も読まないのか?それで野間証券の社員とは聞いて呆れる。」

 国枝部長は容赦なく叱責してくる。どうやら自分が何か重大なミスをしでかしてそれが経済誌の記事にまでなってしまったようだった。

「それで、早稲田大学卒なのか?ほんと大学名も名ばかりだな。」

国枝の隣にいた芝田課長代理が横からしゃしゃり出るかのように嫌味な口調で言ってきた。

「すみません・・・事情をまだ知らないものでご説明お願い致します。」

何がなんだか分からなかったので修一はひとまずそう返事した。

「ったく・・・これだから最近の若手社員は使えない。学生に毛が生えたようなもんだからと思って大目には見ているがまさかこれほどまでとは・・・」

「まったくおっしゃる通りです」

国枝部長に磯巾着のごとく同調するかのように芝田は言った。

 修一は何がなんだか分からなかったが、部長と課長代理にまるで包囲されて一網打尽にされるような圧迫された雰囲気に押しつぶされそうになっていた。

「もういい・・・バカに説教しても仕方ない・・・芝田君、この無法者に説教する意味も含めて教えてあげたまえ。」

国枝部長がそういうと芝田はまるであらかじめ打ち合わせをしていたかのような演出じみた面持ちで何度かこくりとうなずいた。

「承知致しました。では説明させていただきます。」

もったいぶるかのように芝田課長代理は説明しだした。

「エコノミックスの記事の内容を知らないならまず、そこから説明しよう。今回問題となっているのはずばり君の誤発注の件だ。知らないとは言わせないぞ。君が担当しているジェノンテクノロジーの新規の売り注文で君は重大なミスを犯した。本来なら「1株47万円の売り」とするところを「1円で47万株の売り」と間違って入力して株価が暴落した。」

芝田課長はそこまで説明し終わるとこちらをきっと睨みつけるようにして顔を向けてきた。まるで体ごと180度回転したかのような大げさな素振りでこちらの方向を旋回してきたように見えた。

「それは・・・知りませんでした。ですが、それは本当なのですか?」

修一は何が何だか分からず呆気に取られてしまい、また動揺を隠すためにとっさにそう聞き返してしまった。

「本当かだと?嘘だと思うなら今すぐ雑誌の記事を見てみるがいい?近いうちにニュースにもなるぞ!あるいはもうマスコミどものせいで今頃全国中のテレビで騒がれてるに違いない。」

どうやら本当のことのようだった。修一は社会人になってまだ3年でお世辞にも仕事に慣れているわけではなかったので、毎月発行される経済誌などくまなくチェックする余裕なんてほとんどなく毎日くたくたになって家路についてすぐ眠りにつく日々の繰り返しであった。だからこそ、雑誌に意表を突かれたかのような感じだった。

「あの・・・どうすればいいでしょうか?」

とっさに修一がそう聞いたので今度は国枝が激怒し出した。

「どうすればいいかだと・・・?本当に自分で考えられないのだな。この事件がどういう影響をもたらすのか・・・」

「おっしゃる通りです。」

芝田がまたもや同調するかのようにうなずきながらそういった。

「今回の件でジェノンテクノロジー社の担当は君に激怒されているそうだ。本来なら東証マザーズに上場して順調に株の売買をしていたはずが、君がとっさに大馬鹿なミスをしでかしたせいで株価はストップ安で32万円にまで下がった。」

国枝部長は、部屋中に二酸化炭素があふれかえるかのような深いため息をついた。

「君の部署の先輩である田所君が君のミスを君が退社した後に発見したそうで、緊急を要することだからわざわざ深夜まで残業して東京証券取引所に連絡して確認してくれたそうだ。しかし、東証のマーケットセンターの責任者は即座にミスを判断できなかったので取引は続行されてしまいこのような事態を招いたそうだ。もはや手遅れなのだ。つまりは、君がこの重大なミスに気付かなかった責任でもある。」

国枝部長は修一をさらに責め立てるかのように怒鳴りながらそう言い放った。

「こういう問題は信用問題ですからね・・・今回の件で東証からの信用を失っただけでなく、何よりも優良顧客であるジェノンテクノロジー社からの信用の失墜はわが社始まって以来の大損害であり言葉では言い表せないほどの衝撃だ。」

「誠におっしゃる通りです。」

国枝部長が修一の失態について立て続けに責め立てているとまた芝田課長代理がこくりとうなずいた。

「それは・・・知らなかったです。ですが・・・ぼ、僕は・・・どうすればいいでしょうか・・・?僕に何かできることは?」

修一はとっさの衝撃的事件の真相を知らされて何がなんだか分からずししどろもどろになっていた。

「君に何かできることはだと?一丁前に責任を取るつもりか?君のせいで雑誌にネタにもされ、わが社が長年築きあげてきた世間からの信用は見事なまでに失墜した。そして、今回の件でわが社は責任を取らされて大量に売られた株の買い戻しをさせられることになる。少なく見積もっても300億は超える。」

300億・・・?これは修一にとっては途方もない額の数字である。入社三年目のペーペーでしかない修一にとっては億単位の案件ですら扱うことはまれなのに、何百億とは自分の想像をはるかに超えていた。

「あの・・・どうすればいいでしょうか・・・?じ・・・自分にできることでしたら何でもやらせてください!お願いします!」

事の重大さに今更ながらに気づいた修一は精一杯そう懇願するかのようにお願いした。

「君にできることはもうないよ・・・君のおかげでわが社は創立以来の危機的状況だ。これでわが社は世間からの信用を失ったら株価は暴落するし、そうなったら取引も減るし下手したら売り上げや収益は激減だ。君は何の罪もない社員全員を窮地に追い込んだという事の重大についてこれをいい機会として改めて認識したまえ。」

「すみません、誠に申し訳ございません!」

修一はもう何が何だか分からないままに半自動的にそう平謝りしていた。

「芝田君・・・君の方から言ってやりたまえ。」

国枝部長がそう切り出すと

「承知致しました。」

そのように言いながら芝田課長代理は修一に向かって諭すように話し出した。

「君には自己都合退社という形で退職してもらうこととする。このような一大事件にまで発展してしまったのはわが社始まって以来の前代未聞のことです。国枝部長がおっしゃるように君にはもう責任は負いきれまい。そうなると、君には辞めてもらうしかないということになる。」

芝田課長は冷酷なほどまでに落ち着き払いながら修一にそう説明した。

「そんな・・・待ってください・・・どうか・・・どうかもう一度チャンスをください。」

これは修一の人生始まって以来の絶体絶命のピンチに他ならなかった。もう逃れようのない方向に向かいつつある危機的状況に修一は汗と動機が止まらないほどに震えていた。

「どうか・・・」

修一は最後の頼みの綱にさがるかのようにそう懇願した。

「君にはほとほと呆れるよ・・・人事部長から洗いざらい聞いたが、君が早稲田を主席で卒業しているから面接の受け答えもろくにできないのにわざわざお情けで採用してやったそうだ。しかし、本当に予感的中したよ。」

国枝部長はついに修一を見捨てるかのごとくそう言い放った。

「そんな・・・お願いします!」

「見苦しいぞ・・・いいからさっさとこの部屋から出ていきなさい。退職届については改めて受理するから退職手続きについては追って説明する。懲戒解雇にしないだけでも感謝したまえ。」

 修一は唖然とした・・・まさかこんな結果になるなんて・・・

今まで順風満帆だった人生は一体何だったのか?今までの出来事が走馬灯のように過ぎていくような感じがした。これこそまさに文字通り絶体絶命ともいうのだろうか?

「退職手続きの日程は改めて知らせるから本日日付をもって君は会社にもう来なくていい。机の整理はしておきなさい。」

国枝部長はそう言った。

修一はもうどうしようもないのだと悟り、小さく落胆しながら部屋を出て行こうとした。そしてドアを開けて出て行こうとした一瞬の隙をついて

「早稲田の主席がこのザマじゃな・・・最近の若者はろくな人材がいないな。わが社も先が思いやられる。」

芝田課長代理はそう嘲るように言ってきた。



 修一は人生の終わりかのようにか細く落胆しながらデスクに戻り、かろうじて残された力を振り絞って机の整理をし始めた。すると隣の席の新卒で今年入社してきたばかりの新人の女性社員が声をかけてきた。

「形見先輩異動するんですか?」

そう聞いてきた。

修一にとっては不意打ちをくらったかのような言葉だったが、何もかもどうでもよくなってとっさに

「うん・・・そうなんだ。」

と答えてしまった。

「そうなんですか・・・残念です。形見さん優秀だし仕事できそうだから結構、応援してたんですよ!でも異動先でも頑張ってくださいね!」

彼女は悪気もなく何も知らないまま修一を密かに傷つけているとも知らずに屈託のない笑顔でそう言ってきた。普段は仕事のことでたまに話したりする程度の関係だったが、なぜか彼女が急に仲のいい知り合いかのように身近な存在に思えた。

「うん・・・ありがとう」

そう返事をすると修一は罰が悪そうな面持ちでさっさと机を整理してオフィスを抜け出した。




修一はまるで酒乱かのごとく酔っぱらいながら家路についた。

「たらいまー。」

完全にヘベレケの呑兵衛さん状態だった。

会社からクビ宣告を受けた修一は帰りがけに地元の駅前にある和食料理屋のカウンター席で浴びるように酒を飲んでいた。ほとんど料理は手つかずで酒ばかり注文するもんだから、店主は

「うちは飲み屋じゃないんですけどね・・・」

と嫌味を言ってきた。

「おい、どうしたんだ!修一」

父の立彦はそう言いながら玄関先でぐったりと寝転んでしまった修一の肩を抱きあげて何とか部屋まで連れて行った。

「ったく・・・酔いつぶれるまでに飲んだくれるなんて珍しいじゃないか。」

立彦は呆れるようにあくびをしながらベットでぐでんと大の字になりながら寝ている修一を見ながらそういった。

「グーグー」

修一はその場で意識を失いそのまま眠りについてしまったようだった。

「ったく・・・風呂ぐらい入れよ・・・おい、修一・・・修一!」

修一は完全に昏睡状態に入っていた。

「しょうがねーな・・・明日朝起こすからな!」

そう言うと立彦はしぶしぶ部屋から出て行った。

 

ある日、美の”タカラモノ”を見つけた


聖フランシスコサレジオ
 
1月24日に、カトリック教会は聖フランシスコサレジオの日としてお祝いをします。サレジオ会の名前はここから取られています。サレジオ会の創立者ヨハネ・ボスコ神父(通称ドン・ボスコ)は、日本の幕末と同じような混乱した状況だった19世紀のイタリアで、特に貧しい青少年の教育に力を入れた人です。彼の人生に一番大きな影響を与えた人物が聖フランシスコサレジオで、修道会の正式名称に自分の名前をメインに持ってこないで、サレジオ修道会と名づけました。   
この聖フランシスコサレジオは宗教革命後のスイスのジュネーブに、司教として派遣されました。当時のジュネーブは熱狂的なカルバン派のキリスト教の町でした。ここに反対の立場にあるローマ・カトリック教会の司教としてやって来たのです。いろいろな形の迫害があったかもしれません。しかし、彼の葬儀の時、町の大半の人が葬儀に参列し、彼の死を悲しみました。当時の司教としては珍しいほど気軽に人に接する人物でした。敵、味方という区別もなく、出会う人を大切にした人です。分かりやすい話をし、どんな人をも受け入れ、出会った人自身が「自分は大切にされている」と感じるような接し方をした人です。司教と言う高い身分を持っていましたが、それを表に出さず、気さくなおじさんとして生涯を終えました。
ドン・ボスコはこういう人柄や人生を学び、自分の生きる糧にしました。そして、自分の学校に集まる教職員や生徒にも、自分と同じように、人を受け入れ、「自分は大切にされている」と感じるような人との接し方を引き継ぐことを願い、サレジアンという名を付けたのです。わたしたちの国には「一期一会」という言葉がありますが、この言葉のように人をそして時間を大切にしてほしいと願っています。(「学校法人日向学院」HPより抜粋)

 


 いつもながらのあわただしく騒音に押しつぶされそうなオフィス空間。どこか騒然としているが、皆が自分の仕事に不自然なくらい過集中している分、どこか他人が異世界の住人に見えた。まるで絵画の中で大勢の群衆の中で誰か一人だけ浮いている存在として際立って描かれた悲劇の主人公かのような・・・そんな存在。今までこの世の物語の主人公になれるなんて微塵にも思わなかった平凡極まりない性格である自分が、その日はなぜかこの舞台の主役に思えた。それは、この混沌とした残酷的で現実的過ぎるほどうんざりする日常に覆われた暗黒で退屈な世界を救うヒーローなのか?はたまた、この世に足掻きもがいている悲劇の主人公なのか・・・今年の春に25歳になったばかりの形見修一は、いつもながらの仕事場の風景をそんな感じで捉えていた。
 この現実世界は混沌としたカオスではあるが、極平凡な日常生活が繰り返されるだけの惰性的な日々だとずっと思っていた。少なくとも修一の人生は今までずっとそうだった。しかし、それらは脆く崩れていく様を見ることは想像もしなかった。少なくとも、修一は今までは平穏無事に過ごしてきたつもりだった。極平凡で惰性的とはいえ、エリート進学校であるサレジオ学院をトップの成績で卒業し、現役で早稲田大学政治経済学部に受かり、成績もオールAで主席で卒業したほどである修一には少なくともこの世界は平和に見えた。特に自分に不満はなかったし、運よく自分のポテンシャルともいえる潜在能力を十二分に発揮できて大いに努力が報われてきた人生だった。就活もとんとん拍子でうまくいき、他の無名大学の学生らが四苦八苦している最中にちゃっかりと10社も受けない間にトップ優良企業である野間証券に難なく受かった。すべてが順調だった。学生時代から付き合っていた美人の彼女である桜井穂乃花とも順調にうまくいっていた。彼女も大手の広告代理店の営業職で受かっていて入社後も仕事は順調で、週末に会う彼女とのプライベートのひと時は格別であり特別な瞬間だった。       
 しかし、この世の不思議というのは誠に小説よりも奇なる事実に他ならないのだ。そのことを改めて思い知らされたのはある日、インベストメントバンキング部門の部長である国枝から部屋にお呼び出しがかかったことからだ。

「形見君・・・これは一体どういうことなのか・・・納得いく説明してもらおうか?」

いかにも部長の個室とも言えるほど立派で荘厳な雰囲気を醸し出していた部屋に個人的に呼び出されて、ガチガチに緊張しながらあらかじめ用意された椅子に座ったら一呼吸をする間もなくそう一喝するかのように質問された。
「これは・・・すみません、よく事情が・・・分かりません。」
修一は机の前でひれ伏すようにそう答えた。なぜかは分からないが、自分が何らかの取り返しのつかない重大なミスをしたから呼ばれたのだということはそれとなくで分かった。
「事情が分からないだ!?今朝発行された経済誌エコノミックスの記事に書かれていただろう!最近の若者は経済誌も読まないのか?それで野間証券の社員とは聞いて呆れる。」
 国枝部長は容赦なく叱責してくる。どうやら自分が何か重大なミスをしでかしてそれが有名経済雑誌の記事にまでなってしまったようだった。
「それでも早稲田大学卒なのか?ほんと大学名も名ばかりだな。」
国枝の隣にいた芝田課長代理が横からしゃしゃり出るかのように嫌味な口調で言ってきた。
「すみません・・・事情をまだ知らないものでご説明お願い致します。」
何がなんだか分からなかったので修一はひとまずそう返事した。
「ったく・・・これだから最近の若手社員は使えない。学生に毛が生えたようなもんだからと思って大目には見ているがまさかこれほどまでとは・・・」
「まったくおっしゃる通りです」
国枝部長に磯巾着のごとく同調するかのように芝田は言った。
 修一は何がなんだか分からなかったが、部長と課長代理にまるで包囲されて一網打尽されるような圧迫された雰囲気に押しつぶされそうになっていた。
「もういい・・・バカに説教しても仕方ない・・・芝田君、この無法者に説教する意味も含めて教えてあげたまえ。」
国枝部長がそういうと芝田はまるであらかじめ打ち合わせをしていたかのような演出じみた面持ちで何度かこくりとうなずいた。
「承知致しました。では説明させていただきます。」
もったいぶるかのように芝田課長代理は説明しだした。
「今朝発行された経済誌エコノミックスに書かれた記事の知らないならまず、そこから説明しよう。今回問題となっているのはずばり君の誤発注の件だ。知らないとは言わせないぞ。君が担当しているジェノンテクノロジーの新規の売り注文で君は本来なら「1株47万円の売り」とするところを「1円で47万株の売り」と間違って入力して株価が暴落した。」
芝田課長はそこまで説明し終わるとこちらをきっと睨みつけるようにして顔を向けてきた。まるで体ごと180度回転したかのような大げさな素振りでこちらの方向を旋回してきたように見えた。
「それは・・・知りませんでした。ですが、それは本当なのですか?」
修一は何が何だか分からず呆気に取られてしまい、また動揺を隠すためにとっさにそう聞き返してしまった。
「本当かだと?嘘だと思うなら今すぐ雑誌を見てみるがいい?近いうちにニュースにもなるぞ!あるいはもうマスコミどものせいで今頃全国中のテレビで騒がれてるに違いない。」
どうやら本当のことのようだった。修一は社会人になってまだ3年でお世辞にも仕事に慣れているわけではなかったので、朝一に新聞をチェックする余裕なんてほとんどなく毎日くたくたになって家路についてすぐ眠りにつく日々の繰り返しであった。だからこそ、新聞やニュースに意表を突かれたかのような感じだった。
「あの・・・どうすればいいでしょうか?」
とっさに修一がそう聞いたので今度は国枝が激怒し出した。
「どうすればいいかだと・・・?本当に自分で考えられないのだな。この事件がどういう影響をもたらすのか・・・」
「おっしゃる通りです。」
芝田がまたもや同調するかのようにうなずきながらそういった。
「今回の件でジェノンテクノロジー社の担当は君に激怒されているそうだ。本来なら東証マザーズに上場して順調に株の売買をしていたはずが、君がとっさに大馬鹿なミスをしでかしたせいで株価はストップ安で32万円にまで下がった。」
国枝部長は、部屋中に二酸化炭素があふれかえるかのような深いため息をついた。
「君の部署の先輩である田所君が君のミスを君が退社した後に発見したそうで、緊急を要することだからわざわざ深夜まで残業して東京証券取引所に連絡して確認してくれたそうだ。しかし、東証のマーケットセンターの責任者は即座にミスを判断できなかったので取引は続行されてしまいこのような事態を招いたそうだ。もはや手遅れなのだ。つまりは、君がこの重大なミスに気付かなかった責任でもある。」
国枝部長は修一をさらに責め立てるかのように怒鳴りながらそう言い放った。
「こういう問題は信用問題ですからね・・・今回の件で東証からの信用を失っただけでなく、何よりも優良顧客であるジェノンテクノロジー社からの信用の失墜はわが社始まって以来の大損害であり言葉では言い表せないほどの衝撃だ。」
「誠におっしゃる通りです。」
国枝部長が修一の失態について立て続けに責め立てているとまた芝田課長代理がこくりとうなずいた。
「それは・・・知らなかったです。ですが・・・ぼ、僕は・・・どうすればいいでしょうか・・・?僕に何かできることは?」
修一はとっさの衝撃的事件の真相を知らされて何がなんだか分からずししどろもどろになっていた。
「君に何かできることはだと?一丁前に責任を取るつもりか?君のせいで記事にもなりわが社が長年築きあげてきた世間からの信用は見事なまでに失墜した。そして、今回の件でわが社は責任を取らされて大量に売られた株の買い戻しをさせられることになる。少なく見積もっても300億は超える。」
300億・・・?これは修一にとっては途方もない額の数字である。入社三年目のペーペーでしかない修一にとっては億単位の案件ですら扱うことはまれなのに、何百億とは自分の想像をはるかに超えていた。
「あの・・・どうすればいいでしょうか・・・?じ・・・自分にできることでしたら何でもやらせてください!お願いします!」
事の重大さに今更ながらに気づいた修一は精一杯そう懇願するかのようにお願いした。
「君にできることはもうないよ・・・君のおかげでわが社は創立始まって以来の危機的状況だ。これでわが社は世間からの信用を失ったら株価は暴落するし、そうなったら取引も減るし下手したら売り上げや収益は激減だ。君は何の罪もない社員全員を窮地に追い込んだという事の重大についてこれをいい機会として改めて認識したまえ。」
「すみません、誠に申し訳ございません!」
修一はもう何が何だか分からないままに半自動的にそう平謝りしていた。
「芝田君・・・君の方から言ってやりたまえ。」
国枝部長がそう切り出すと
「承知致しました。」
そのように言いながら芝田課長代理は修一に向かって諭すように話し出した。
「君には自己都合退社という形で退職してもらうこととする。このような一大事件にまで発展してしまったのはわが社始まって以来の前代未聞のことです。国枝部長がおっしゃるように君にはもう責任は負いきれまい。そうなると、君には辞めてもらうしかないということになる。」
芝田課長は冷酷なほどまでに落ち着き払いながら修一にそう説明した。
「そんな・・・待ってください・・・どうか・・・どうかもう一度チャンスをください。」
これは修一の人生始まって以来の絶体絶命のピンチに他ならなかった。もう逃れようのない方向に向かいつつある危機的状況に修一は汗と動機が止まらないほどに震えていた。
「どうか・・・」
修一は最後の頼みの綱にさがるかのようにそう懇願した。
「君にはほとほと呆れるよ・・・人事部長から洗いざらい聞いたが、君が早稲田を主席で卒業しているから面接の受け答えもろくにできないのにわざわざお情けで採用してやったそうだ。しかし、本当に予感的中したよ。」
国枝部長はついに修一を見捨てるかのごとくそう言い放った。
「そんな・・・お願いします!」
「見苦しいぞ・・・いいからさっさとこの部屋から出ていきなさい。退職届については改めて受理するから退職手続きについては追って説明する。懲戒解雇にしないだけでも感謝したまえ。」
 修一は唖然とした・・・まさかこんな結果になるなんて・・・
今まで順風満帆だった人生は一体何だったのか?今までの出来事が走馬灯のように過ぎていくような感じがした。これこそまさに文字通り絶体絶命ともいうのだろうか?
「退職手続きの日程は改めて知らせるから本日日付をもって君は会社にもう来なくていい。机の整理はしておきなさい。」
国枝部長はそう言った。
修一はもうどうしようもないのだと悟り、小さく落胆しながら部屋を出て行こうとした。そしてドアを開けて出て行こうとした一瞬の隙をついて
「早稲田の主席がこのザマじゃな・・・最近の若者はろくな人材がいないな。わが社も先が思いやられる。」
芝田課長代理はそう嘲るように言ってきた。


 修一は人生の終わりかのようにか細く落胆しながらデスクに戻り、かろうじて残された力を振り絞って机の整理をし始めた。すると隣の席の新卒で今年入社してきたばかりの新人の女性社員が声をかけてきた。
「形見先輩異動するんですか?」
そう聞いてきた。
修一にとっては不意打ちをくらったかのような言葉だったが、何もかもどうでもよくなってとっさに
「うん・・・そうなんだ。」
と答えてしまった。
「そうなんですか・・・残念です。形見さん優秀だし仕事できそうだから結構、応援してたんですよ!でも異動先でも頑張ってくださいね!」
彼女は悪気もなく何も知らないまま修一を密かに傷つけているとも知らずに屈託のない笑顔でそう言ってきた。普段は仕事のことでたまに話したりする程度の関係だったが、なぜか彼女が急に仲のいい知り合いかのように身近な存在に思えた。
「うん・・・ありがとう」
そう返事をすると修一は罰が悪そうな面持ちでさっさと机を整理してオフィスを抜け出した。

 

修一はまるで酒乱かのごとく酔っぱらいながら家路についた。
「たらいまー。」
完全にヘベレケの呑兵衛さん状態だった。
会社からクビ宣告を受けた修一は帰りがけに地元の駅前にある和食料理屋のカウンター席で浴びるように酒を飲んでいた。ほとんど料理は手つかずで酒ばかり注文するもんだから、店主は
「うちは居酒屋じゃないんですけどね・・・」
と嫌味言ってきた。
「おい、どうしたんだ!修一」
父の立彦はそう言いながら玄関先でぐったりと寝転んでしまった修一の肩を抱きあげて何とか部屋まで連れて行った。
「ったく・・・酔いつぶれるまでに飲んだくれるなんて珍しいじゃないか。」
立彦は呆れるようにあくびをしながらベットでぐでんと大の字になりながら寝ている修一を見ながらそういった。
「グーグー」
修一はその場で意識を失いそのまま眠りについてしまったようだった。
「ったく・・・風呂ぐらい入れよ・・・おい、修一・・・修一!」
修一は完全に昏睡状態に入っていた。
「しょうがねーな・・・明日朝起こすからな!」
そう言うと立彦は、がっかりしたような感じでしぶしぶ部屋から出て行った。

 

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サレジオの器 [電子書籍版] 片田真太
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サレジオの器~あらすじ~

仕事上の大ミスで会社をクビになった元エリート証券マンの修一は再就職もままならないまま、ある日将来を約束していた恋人兼婚約者の彼女にも振られ途方に暮れる日々を送っていた。
そんな最中に修一は父立彦からある提案を受ける・・・
ー元エリートが仕事や愛に挫折し、やがてこの世のものとは思えない美のタカラモノと出会うー

 

クビになった元エリート証券マンがある日、美のタカラモノと出会う