サレジオの器

ーある日、美のタカラモノと出会ったー 

18.サレジオの器

 

修一が片山廬山の元を訪れてからすでに二年あまりの月日が立っていた。
修一はすでに30になっていた。あれから修一はすでに廬山が認めるほどの逸材となっていた。まだ粗削りなところはあるが、廬山いわくすでに教えられるものはすべて教えたといった。つまり、廬山本人もこれ以上は修一に弟子でいてもらう必要ないと言った。
「これから先はお前次第だ。お前がどうしたいかはお前が決めろ」
 廬山はそう言った。相変わらず師匠の言葉は深みがあるがあまりに簡潔過ぎるため、それはどういうことなのか修一はいちいち自分なりに解釈しなければいけなかった。だが、今思えば、それも廬山流の修行なのだろうとも思えた。廬山に修業を受け始めたばかりのあの頃はそんな師匠の意図することなどさっぱりだったが、毎日この変わり者の巨匠と行動を共にするうちに次第に分かってきたことだった。そして、今回もまたもや自分で考えなけてはいけないことなのだったが、つまり「これ以上廬山の弟子でいても一生、一弟子のままで終わるがお前はそれでいいのか?」という意味なのだろう。だから、これからは修一が自分がどうするべきかは自身で決めることだと・・・もちろん、修一自身がそれでいいのならそれに越したことはないが、廬山は「世間からさらに名声を得るために自分の自慢の一番弟子がほしい」などといった私利私欲に凝り固まった動機は嫌ったし、そもそも彼は地位や名声や金といったものに驚くほど興味がなかった。なぜ、彼がこんな辺鄙な山奥の麓に一人で住んでいて、世間と隔絶した生活を送っているのか気になって一度だけ機嫌を損ねない程度に囲炉裏を囲んだあのお決まりの夕食会の時にさりげなく聞いたのだが、彼はその話題が好きではないのかあまり多くは語らなかったのでその「秘密」は謎のままだった。しかし、たった一度だけそれとなく本音をもらしたことがあった。
「地位や名声や欲望に凝り固まった世間にうんざりした」
と言っていた。彼曰く、何やら金や利益ばかりに囚われてアートの世界が汚れているとのことだった。それが彼にとっては赦せないことで「芸術に対する冒涜」だと言っていた。
10年以上前・・・何やら芸術の最大の祭典である万国博覧会に片山廬山は出展することになっていたそうだが、万博の主催者や企業やスポンサーと意見が合わなくなり、大喧嘩をしたことがあったそうだ。「自分の作品のテーマに合わせなければ出展を辞退する」と啖呵を切ってしまったため、多くのスポンサー企業を怒らせることとなってしまったそうだ。そして、廬山先生は段々と敵が増えていったそうで、そのことがマスコミ界などにも広がっていき次第に彼を酷評する評論家もたくさん現れ始めた。その時は若手の天才ガラス陶芸家の林流星というものが頭角を現し始めた頃で、スポンサー企業は彼を応援した方が世間のイメージアップにつながるとのことで、こぞって彼の方を支援し出してメディアに露出させる方向に転換していき、今まで散々巨匠と持ち上げてきたメディアは廬山をテレビ業界から干して彼をことごろくこき下ろす評論家ばかりをテレビに出演させるようになっていったそうだ。
廬山はそのことがきっかけで「金や欲望にまみれた世間が嫌になった」そうだった。
廬山はたった一度その話をしただけで、それ以上その話題に触れることを嫌ったため、修一は聞くにきけなくなってしまった。しかし、修一にとってはそんなことはどうでもよくもあった。ただ、修一はそんな不器用ではあるけど自分の信念を曲げない廬山を心から尊敬した。
「今は分からないですけど、当分は先生の下でまだまだ学びたいと思います。」
 修一はそう言った。そしてそれが本心だった。何よりもまだまだ廬山から学び足りていないことも山ほどあった気がしたし、廬山が言うように「お前はもう一人立ちできる」と言われても何をいったいどこから始めればいいのかも分からなかった。ひたすら廬山の下で修業ばかりに励んでいたため、実際のプロ活動と言われる創作活動および世間へアピールすべく個展の開催や営業活動、などといったものはほとんどしてこなかったのだ。
 そんなこんなで廬山は修一の心理を察したのかまでは分からなかったが、ある日
「今度久しぶりに京都で俺の個展を開くことになったんだ。お前も一番弟子として初出展してみるか?」
 そんな提案をしてきた。「まあ、一番弟子と言っても最初で最後になるだろうがな・・・」
とその後に付け足したりもしていた・・・
修一にとっては廬山の下でのプロとしての初仕事だった。
「もちろんです!喜んで引き受けさせていただきます。」
 修一にとっては断る理由もないほど素晴らしい出来事だった。これで晴れて自分はガラス工芸家としてのデビューすることとなった。夢がかなったとおもった。しかも、その初仕事が片山廬山の弟子としての作品展示となるとこの上ない喜びだった。
「でも、先生は弟子を取ることなどいままでなかったので、いきなり弟子の作品を展示させたら世間が騒いだりしませんか?」
 修一にとってはそのことが何気に気がかりでもあった。
「は・・・?世間?そんなものはどうでもいいね・・・」
 廬山先生は鼻で笑うようにそうきっぱりと言った。どうやら世間という言葉がよほど嫌いらしい。
「そもそも、俺は世間から隔絶されたんだ。世間やマスコミにも大いに嫌われている。騒ぐなら大いに騒いで結構。しかし、恐らくそうならないだろう。」
 しかし、彼曰くそれでもいまだに自分を慕ってくれている業界関係者や、支持者やスポンサーはたくさん残っているから大丈夫だと言っていた。廬山先生の話だと、彼らは自分がまだ巨匠になる前の売れっ子になる遥か前の古くからの仕事仲間や旧友関係者がほとんだそうだ。昔東京にいた頃に片山廬山事務所というプロダクションがあったそうだが、そこの仕事仲間や関係者も多いそうだ。そのつながりがある限り、彼は仕事がなくならないそうだ。
「それはさておき、お前は一体何を出展するのだ?」
と聞いてきた。それは修一にとっては定かではなかったので「まだ、分からない」といった。
「分からないじゃ困るが、あと三か月ほどしかないからそれまでに創りなさい」と廬山に念を押すようにそう言われた。

それ以来、修一は作業に取り掛かり創作活動に専念する日々が続いた。自分の中で創りたいものはある程度決まっていた。そう・・・それは、二年前のあの日、廬山先生に問われて囲炉裏の部屋で一晩中考えて辿りついた答えだった。フランシスコ・サレジオのような出会った人が「自分は大切にされている」と感じるような、そんな人に寄り添える作品だった。そして、それはその作品を通して肌で感じられるようなものでなければならなかった。
そして、片山廬山の京都での個展の開催が近づくにつれ、廬山の思惑とは違いある週刊誌が片山廬山の一番弟子について大々的に記事に取り上げてしまったのだった。例の喧嘩の件以来、最近では片山廬山はまったくマスコミに取り上げられることもなかったが、今まで一度も取ることもなかった弟子を引き連れて初めて個展を開催するとなれば世間も多いに注目してくれるだろう、という狙いもあったのかもしれない。少なくとも廬山はそう感じていたようだった。
「これだから、世間というのは・・・」
またもや廬山は世間にいら立っていた。
「いいか・・・お前は世間に惑わされるな。世間に惑わされると作品に雑念が入る。お前はお前の信じるように制作に専念しろ。」
 廬山先生はそう諭すように修一に言ってきた。

しかし、そのマスコミに取り上げられたことが、幸か不幸なのか両親に知られてしまったようだった。そして、家を飛び出した挙句、二年間もの間今までずっと連絡を拒絶してきたその父親から自分の携帯に久しぶりに連絡があった。といっても電話は取りづらいから着信があっても放置していたのだが、LINEを見たらある文章が書いてあった。
「修一へ
 お元気ですか?
あれから二年もたちましたが、修一の安否を知れて安心しました。
修一が家を飛び出してから、色々と何度も電話をしたり連絡を取ってみたものの一切返答がなかったので、いっそのこと警察に届け出ようと思いましたが思いとどまりました。というのも、あの日、修一が片山廬山の弟子になるという書置きを残していったのに気づき私は母さんとそれを一緒に読んみました。最初はあまりに現実離れした話だと思い信じられなかったのですが、修一が通っていた教室の緑川春先生の元を二人で訪れて考えが変わりました。彼女はひたすら修一のことを応援してくださっていたようで「彼なら必ず第二の片山廬山」になるとしきりに褒めてくださったのです。その言葉を私と母さんは信じて、今の今まで修一のことを私たちなりにずっと応援してきたつもりです。修一がどう思っているか知らないが、少なくとも今の私たちはそのような想いです。片山廬山先生の京都での個展に出展させていただくそうだが、くれぐれも粗相のないように大いに頑張ってください。」
LINEの文章はひとまずそこで終わっていた。しかし、気づいたらその後に続きがあった。
「追伸
そういえば、修一はもう忘れてしまっているのかもしれないが、琴さんはいまだにお前のことを待っているそうだ。3年も前のことだから覚えているか分からないが、あれから琴さんは実家を出てしばらく友人宅を転々としていて病院で出産もしてしばらく一人で育てていたそうだが、そんな生活もかなり無理があったので仕方なくまた実家に帰っていたそうだ。水川さんとはだいぶもめてしばらく親子で口も聞かなかったそうだが、二年前に私たちが緑川春先生から聞いた話や、修一が片山廬山の下で修業をしている話をしたら、琴さんは修一のことを待っているといったそうで、それで水川さんも修一のことを信用することに決めて二人でお前のことを応援してくださっていたんだ。まあ、あれから色々あってごたごたしていたし、お前と琴さんのこともあって私も中々水川さんとは連絡が取りづらくなっていたから、こういった一連の流れを知ったのは二年くらい前のその時なんだ。これは、お前だけのせいではないから私たちも責められないが、お前がこのことを知らないままだと彼女は不幸になると思い改めて連絡しました。修一も修一で大変だっただろうけど、彼女も色々と大変だったんだ。だから、これ以上彼女を不幸にすることは無責任だと思う。だから今までのように連絡せずに逃げてばかりではなく、琴さんとも向き合う努力をした方がいい。解雇した手前、水川さんも修一のことは中々責められないと言っていたし、お前が自分でこれからは積極的に連絡を取るべきことだと思う。琴さんも自分から家を出て行ってしまったので、修一とは連絡が取りづらいとも言っていた。だから、お前の方から琴さんに連絡を取るのが一番いいのだと思う。それが今のお前が責任を取る唯一の方法なんじゃないか?
何よりもお前の人生なのだからな・・・」
 そこで父のLINEの文章は終わっていた。
言葉もなかった。自分は今まで先を突っ走ってばかりで、あまりにも多くの人を不幸にしてしまっていた。なんて自分は無責任なんだと思った。こんな無責任でダメな自分のことを琴はまだ待っていてくれてるなんて・・・あの、琴がアパートを出て行った3年前に僕はどこかが腑抜けになっていていつも自分のことばかり考えていた。しかし、それでも琴のことが心配だったので、一年間くらいは時々電話をしたりLINEで連絡をしてみたりもしたのだった。しかし、一向に返事がなかったので、琴は自分のことなどとうに忘れてしまっていたのだと思っていた。だからもう自分の中ではすっかり諦めていた。しかし、琴は自分のこと密かにずっと応援してくれていた。そんなこともつゆ知らず、ただひたすら自分のことばかり考えてきたことが情けなくなった。そして、父もそんな自分のことを心配して密かに連絡を取り合ってくれていた。そして、家出をした後も度々連絡をしていてくれていたのに一切自分は無視していた。そして、LINEのメールにははっきりとは書いてはいなかったが、緑川先生から自分が廬山先生の下で修業をしている話を聞いてから、邪魔しないように密かに見守ってくれていたのだった。
 すべてが情けなくて泣きそうになった。しかし、今更どういえばいいのかも分からなかった。あれからもう3年もたってしまっているのだった。何もかもがあの時とは事情が違う。何をどう言えばいいのだ?でも・・・琴は待っていてくれてるんだ。そう思ったら連絡を取らないわけにはいかなかった。父の言う通りそれが自分なりの責任を取る方法なのだった。
「琴へ
久しぶり。
何ていったらいいのかもう分からないけど・・・君が元気でいてくれてよかった。父さんから話を聞いて、あれからあった色々なことや、琴や水川さんに遭ったことやそれらのことを全部知って・・・自分が情けなくなりました。それでも、琴が・・・そんなどうしようもない自分を応援してくれているなんて考えてもみなかった。だから、正直これから自分はいったいどうすればいいのだろうか・・・ふとそんなことを思ったりもします。琴に聞きます・・・僕はどうすればいい・・・?」
 自分はそう琴のLINEに文章を送った。本当は手紙を書いた方がいいのだろうと思ったけど、今すぐにでも連絡したくなったのだった。しばらく何も反応はなかったが、数日たった頃に琴から返事が来た。実に3年振りの会話のやり取りだった。
「形見君へ
お元気ですか?
私もどうお返事をすればいいのか迷ってしまい・・・思わず書く内容を考えていたら気づいたら数日たってしまいました。形見くんは色々と自分のことを責めているようだけど、私も勝手に出ていってしまった身なので・・・。だからこれでおあいこってことだから、自分をそんなに責めないでね。形見君のお父さんから聞いて、ガラス陶芸の世界を目指しているなんて正直驚きましたが、私は応援してるよ。どんな形であれ・・・形見君が目標に向かって生きてる姿は私も勇気をもらえていました。実家暮らしとはいえ、正直子供もまだ小さいから絶えず泣きわめくし大変なことだらけだけだけど、そんな中ひらすらどうなるかも分からない夢を追う形見君には励まされました。普通の奥さんだったら怒るのかもしれないけど、私は多分そんなひたむきな形見君に惹かれたのだから・・・だからこれはこれで仕方ないのだと思う。子供だってお父さんに中絶するように言われたのに自分の意思で生んだわけだし・・・だから、形見君が背負うものなんてなにもないよ。私は大変ではあるけど、実家暮らしだからそれなりに充実してるよ。娘ももう二歳になるから少しずつしゃべれるようになったし、毎日の成長を見ているだけで楽しいものだよ。そうだ・・・形見君が以前LINEで送ってくれた名前つけたんだよ。だから、形見線って名前にしたよ。娘の写真も添付するね・・・」
 琴からの手紙はそのような内容だった。3年振りなのに、まるでつい最近まで一緒に暮らしてたかのようなあまり変わらない感じだったからひたすら安心した。そして、その安心感からほっとしたのか思わず急に涙が出てきた。そして、だいぶ前に送ったあのLINEの内容を実は読んでいてくれたのだった。女の子の名前はパパの宿題と言われたあの日からひたすら名前を考えたが、修一にはそういったセンスがないらしく一向に思いつかなかったので感覚的に考え付いたものだった。それは、琴と出会ったことが修一にとってはあまりにも感動的で琴線に触れるような出来事だった・・・という思い出からつけた内容だった。そして、そのようなことをLINEで書いて密かに送っていたのだった。
 修一は琴からもらったLINEに添付された自分の娘の写真を初めてみた。若干修一似だと思ったが、その顔はまるでこの世に生命を授かったばかりの天使のようだった。


 そして、京都での片山廬山の個展がついに開催された。
「日本美と廬山の世界~自然と芸術の調和と進歩~」といういかにも巨匠らしき荘厳で雄大なタイトルだった。今回は、廬山の初弟子を迎えての共同出展ということで、サブタイトル「廬山の愛弟子の解き放つ魂の生命の世界」と書き加えられていた。それを見て、修一はいささか恥ずかしくもあったが、それと同時に誇らしくもなった。
「修一さん、パンフレットの件ですけど・・・廬山先生の横に初弟子としてプロフィールを載せましょう。」
 そう言ってきたのは、今はもう団体の存在そのものがなくなっている片山廬山事務所の元所長である屋久(やく)さんという方だった。先生が以前修一に少しだけ密かに話したことのある、元プロダクションの関係者の方だ。彼は元々事務所の所長として、他の事務員と一緒に廬山の活動を長年支えてきた人物でもあった。しかし、廬山が引退する旨を宣言して田舎へ突然隠居しようと言い出したので事務所は一時解散したそうだが、多くの業界関係者が廬山の引退を惜しんだため、旧事務所のメンバーで非公式ではあるが団体を立ち上げて密かに先生の活動を支援し続けているそうだ。
「いやー修一さん・・・あなたの作品は実に壮大で素晴らしいよ。廬山先生が気に入るわけだ。」
 会場で初めて会ってしばらく話していたら、屋久さんは修一にそう言ってきた。
まわりは片山廬山先生の作品がたくさん展示されていて、僕らはそれに囲まれていた。
「そんな・・・先生から色々と教わったことをしたまでですよ・・・」
 修一は照れながらも謙虚にそう言った。しかし、それが本音だったのも事実だった。
「いやーご謙遜を。あなたの作品は一見、廬山流の流れを汲んだようになっていると思わるけど、それを自分流にうまく昇華させている。実に素晴らしい。廬山先生が才能を見抜くわけですよ。」
 修一は実際にはそんな風に意識はしていなかったが、知らず知らずのうちに自分の創りたいものを追求していたのかもしれないと思った。しかし、それは廬山が「自分にしか創れないものを創れ」と言われたからに他ならなかった。そして、その想いがなければどんな作品もガラクタになるのだと。
「10年前に・・・廬山先生にあんなことがあって、私どもはじつはさみしい想いをしていたんです。内心では応援しながらも、どこか世間から離れる様に隠居してしまわれた廬山先生の姿に・・・我々はみなずっと不安の感情を抱えていました。」
 屋久さんは会場の遠くの方を見つめるかのようにそう言った。
屋久さんや皆さんは・・・廬山先生のことをとても好きなのですね?」
 屋久さんの気持ちが痛いほど分かってしまったので、修一が思わず正直に自分の気持ちを言ってしまった。
「そりゃそうですとも・・・私もこの道ずっと長いですからね・・・彼ほどの素晴らしい才能のある人にはいまだに出会えたことがない。」
 屋久さんはそう言いながらしばらくまた会場の遠くを見つめていたが、やがて続けて過去の話をし始めた。
「私もね・・・若い頃は芸術家のはしくれだったんですよ。でもね・・・お世辞にも素質があるとはいえなくて・・・それからしばらくは美術品の評論家や鑑定家などをしていたのですよ。そんな時にたまたまある仕事がきっかけで当時はまだ無名だった片山廬山の作品を見る機会がありましてね・・・もう目が点になりましたよ。もうこの世のものとは思えないほどのものと出会えたと・・・それまでの私の人生の中で一番の衝撃でした。あの時のことは今でも忘れません。何と言いますか・・・私の評論などただのまやかしの偽善だと見透かされているような気がしましてね・・・。それで、もうこれは彼についていくしかないと思って、事務所を立ち上げて彼の秘書やマネジャーの仕事を買って出ることにしたんですよ。」
 彼はとても興奮しているようで、修一が割って入れる隙もないほど夢中になって廬山の話をしていた。
「それでね・・・彼の身近にいるとますます彼の不思議な魅力に惹かれていった。最初はなぜ彼があれだけの魅力的な作品を作れるのかその謎に興味があったんです。それで、分かったんですよ。なぜか人にこびないところ、風変わりなところ、人一倍執念とこだわりがあること、そして何よりも曲がったことが嫌いで信念があるところ・・・そういうのってこの人間社会で生きてく上では邪魔者以外のなにものでもないですからね・・・そういった邪魔者をわざとのようにしょい込んでいる・・・そんな人だからこそ私のような凡才には創れない何かをいとも簡単に生み出せるんだって・・・」
 屋久さんは廬山先生については並々ならぬ情熱をもっているらしく多くを語った。
「あ・・・修一さん、ごめんねさいね・・・自分ばかり話してしまって・・・」
「いえ・・・そんなことは・・・」
 僕はフォローするかのようにそう返答した。
「でもね・・・君もどことなく廬山先生に似ているから・・・その、なんていうか寡黙なところだけじゃなくて、その・・・どこか生き様がね・・・。」
「生き様ですか・・・?」
 僕にはよく意味が分からなかった。
「だから、彼に後継者ができて本当によかった。先生もきっと喜んでおられるはずです。なにせ、やっと信じられる「仲間」ができたのですから・・・」
仲間・・・?弟子ではなくもう仲間なのか・・・
自分は今でもずっと廬山先生の弟子で、そしてこの先もずっとそうなのだと思っていたからだ。だからこそ屋久さんにそう言われて、修一は少し嬉しくもなった。
「これからも一緒に頑張っていきましょう!」
屋久さんはそう言って修一の手を力強く握ってきた。
「じゃあ・・・僕はこれから別件の仕事があるので・・・」
そう言って彼は会場を後にした。
 修一はその場でまた一人取り残されていた。京都の文化会館のホールのような場所を借り切った大きな展示会だったが、廬山の久しぶりの個展ということでかなりの客が観に来ているようだった。
 修一は一緒に住んでいたから普段も廬山の作品は間近で見ていたが、会場で見たのはこれで二度目だった。あの精神科の帰りにたまたま通りかかった時に偶然出会った富士百景の荘厳な景色・・・今思えばあの偶然の出来事がなかったら、今自分はここにはいなかっただろう。今こうして自分が立っていられるのはあの運命のお陰だった。
「ありがとうございます。」
修一は心の中で感謝した。

そして、修一は展示会の別ブースにある自分の作品の展示を見に行った。
あれから何か月ものあいだ全集中力を込めて作り上げた作品がそこにはあった。
フランシスコ・サレジオと教会のイメージをガラス絵にほどこした渾身の傑作だった。
それは、誰とでも平等に親切に接し、人の心に寄り添おうとするサレジオのイメージ図と彼を取り巻く神秘的ともいえる平和の世界観を描いた壮大なアートとなっていた。
そこには、修一の想いだけでなくすべての原点があった。
これが自分の描きたかったすべてなのだと・・・
まだ、この絵は無名であり、展示されている作品のタイトルも仮として書かれていたが、やがてこう呼ばれることになるだろう。
サレジオの器・・・と。  

17.頂上への道

 

修一が片山廬山の下で修業を開始してはや、二か月がたっていた。といっても、普段はほとんど雑用全般でガラス工芸についてなど基本的なさわりを教えてくれる程度で、何か作業をする時にもほとんど手伝わせてすらもらえなかった。そして、片山廬山には、住み込みで修業をさせてもらう条件として、朝起きたら家の掃除と床拭きをすることだった。そして、朝昼晩の朝食を作る事だった。料理をあまりしたことのない修一には大変面倒なことだったが、すでに廬山の残したメモにレシピが書いてあったので何とかなった。といても、廬山は和食しか食べないのでほとんど毎日メニューは同じだった。ご飯は電気釜がなかったので毎晩囲炉裏の釜で炊いた。野菜などは、廬山が家の前の畑で自家栽培をしているので、それで取れた野菜でおしんこや、ぬか漬けなどを作り、あとは味噌汁を毎晩作った。魚などは業者から取り寄せているので一切買いに行く必要がないのか、冷凍してあるものが台所にあったのでそれを使って毎日同じく囲炉裏で炭火焼にして食べた。いったいいつの時代の生活だと思いながらも、修一は従わないわけにはいかなかったのでそうした。それにしても和食はいくら健康食とはいえ、ここまで徹底するのは逆に偏食じゃないかとさえ思えた。

「偏屈を通り越して一種の変人じゃないか」

修一はとんでもない人のところに弟子入りしてしまったのではないかと心の中で思った。

そして、廬山はいつもいう。

「和の心を保ってこそいいものが作れる」

修一にはさっぱり分からなかったが、その通りにした。そしてこうも言った。

「何事も中途半端はいけない。やるなら徹底しろ。」

それが廬山から教わった教訓の一つだった。

 そして、夕飯の時間はいつも奥の部屋にある囲炉裏を二人で囲んで夕飯を食べるのだった。廬山は奥の方へ座り、囲炉裏を挟んで向かい側に修一が必ず座った。そこで、釜めしをたいたり、塩魚を焼いたりした。本格的な炭火焼というものだった。

そして、ある晩に廬山は修一に言ってきた。

「形見修一とはいい名前だな・・・」

修一には何のことだかさっぱりだった。

廬山はいつもながら貫禄のある面持ちでまた意味ありげなことを言い出した。

「それはどういった意味ですか・・・?」

修一は聞いてみた。

「なあに・・・大したことはない・・・ただ、形見のように大事な作品を残せればいいなあと思ってな・・・」

形見とは亡くなった人の遺品のようなものだったと思うがあのことだろうか・・・?

廬山はいつも意味深なことを言うが、修一が聞くまで一切何も教えてくれなかった。

「亡くなった後にもその人の面影を思い出させるなにか・・・そんな作品を一度は創ってみたいと思わないか?偉大な芸術家はそうやって何かを生み出してきた。だからこそ、死してもなおその人間の魂が宿るのだ。そして、その作品を見てその経験を通して、その偉大なる人物の記憶が蘇る。」

 修一には一体何を言っているのかさっぱりだった。

「それが、僕の名前と何か関係があるのですか・・・?」

 廬山は塩魚を頬張りながらそれを少しちぎって食べ終えると

「その人の名前も作品に投影されるということだ。名前は作品に魂の息吹を与える。名前は生命と同じく作品そのものでもある。一見関係ないように思えるが、実は大事なことなんだよ。まあ、それだけがすべてではないが・・・それを超える何かがあれば別だ。」

 修一は何となくで意味が分かったような分からなかったようなそんな感じになったので、それ以上聞くに聞けなかった。その場の雰囲気が少しだけ重たくなったが、廬山はまったく気にしないでせっせと食事をすませて、いつものような10時前に寝て、また朝の6時には起きた。

 そして、次の日には廬山が修一に作品を創ってみろと言ってきた。いつもは、基本的なことしか教えてくれなかったのが、どういう風の吹き回しかいきなりすべての工程を一人でやってみろと言われた。この廬山の得意な技法は吹きガラスというもので、ドロドロに溶かしたガラスの材料を吹き竿につけ、息をふきこんでガラスの形を作りあげるガラス工芸だった。

かなり手先の器用でないとできない上に、坩堝(るつぼ)と呼ばれる炉の中の温度は1300度以上にもなる灼熱地獄だったので絶えず汗が止まらなかった。適度にさましたり息を吹きかけたり形を徐々に整えていくのだが、その工程が地道で根気がいる作業だった。そして、最終的にはポンテと呼ばれる、吹き竿から別の竿に受け渡す作業でこの後にガラスのコップの柔らかく開いた口を広げて仕上げていくのだった。修一は普段は基本的な作業ばかり手伝わされてあとは廬山の作業しているところを傍で見ているだけだったので、いきなり一人で全部やってみろと言われても見様見真似のような形にならざるを得なかった。しかし、そんな風に内心では思ってみたものの予想よりも遥かにうまく出来上がったようにも思えた。

「どうですか・・・?」

 修一は恐るおそる聞いてみた。

廬山は修一が完成させたガラスのコップをしばらくじっくりと眺めていた。修一の渾身の作品とまでは言えなかったが、初めて一人で完成させた吹きガラスの作品だった。廬山はそのコップを実に様々な角度からゆっくりと観察するように眺めていた。時には同じ箇所を眺めていたかと思いきや、いきなりコップをくるっと180度回転させてからそっちの部分の表面をまじまじと見ていた。

「今日はこれで終わりだ。夕飯の支度でもしろ。」

 廬山が何も感想を述べるでもなくいきなりそう言ったので、修一は一体何なのか分からなかったがとりあえず夕飯を作る準備をすることにした。

 そして、そんな日々が毎日のように続いた。そして、廬山は相変わらず修一には何も感想を述べるでも指摘をするでもなくただただ黙っていた。そして、それが何か月ものあいだ続いたのでいい加減修一はうんざりし出した。そして、ある時、廬山にこう言った。

「何で・・・何で、何も言ってもらえないのですか?」

 しばらく廬山は黙って修一のことを見ていた。そして、修一にも負けず劣らず寡黙なその男はその重たい口を開いた。

「何もないってことは・・・つまり、そう言うことだ。感想が言えない作品だってことだ・・・」

 修一ははっとした・・・それはつまり、感想を言うまでもないほどの駄作だということだろうか?

「それは、つまり駄作ということですか?」

 心の中で思ったことをそのまま正直に口にしてみた。

「そうじゃない・・・駄作ならダメだしの一つでもする。そうではなく・・・何もなく空っぽだってことだ・・・」

 修一はそれを言われて少なからず衝撃を受けた。空っぽ・・・自分の作品が廬山にはそのように見えたのか・・・

「お前は・・・一体何を考えながら創っているんだ?」

 廬山は修一に直球玉のごとくストレートにそう聞いてきた。

何を考えながら・・・?

 そういえばそんなことを考えてはいなかったかもしれなかった。いや・・・考えてないというよりかは、今までは散々色々なことを覚えたり学ぶのに必死でそれどころではなかったといった方が正解だった。

「それが、なきゃどんなに素晴らしい作品もガラクタだ。」

 廬山はそう言った。

 修一は顔を伏せる様にしてその場で立ち尽くしてしまった。

 そして、廬山は最後に修一に向かってこう言った。

「いいか・・・今日の夕飯の時までにそれを考えておけ。」



 そして、夕飯の時間になった。相変わらず囲炉裏を挟んでの会話でもう毎日のことなので修一にとってはもはや見慣れた光景だった。しばらく、二人でご飯やら味噌汁やら焼き魚を食べていたが、夕飯を二人ともすべて平らげると廬山が修一に聞いてきた。

「さあ・・・聞かせてもらおうか。」

 ついにこの時がきた・・・ 

修一は腹をくくって、自分なりに出した答えを廬山に語った。

「やはり、私が創りたいのは先生のような生きる希望を与えるこの世のものとは思えない美しいものです。ひたすらそれを追い求めてここまでやってきました。だから、それを完成させるまで、絶対に諦めたくはないんです。先生に何を言われようと決してくじけないつもりです。」

 修一は自分の想いをありったけに伝えた。

 廬山はしばらく黙って修一の目を見ていたが、少しばかりため息をついた。

「それはもう聞いた。それは分かることだ・・・お前のその想いは確かに俺に伝わった。だからこそお前を家に入れたんだ。誰も入れたこともないにも関わらずだ。でも、どうやら俺の見込み違いだったかもしれないな・・・」

 廬山は冷たく突き放すように修一にそう言った。

「ちょっと待ってください・・・見込み違いって何ですか?俺は・・・もうダメだってことですか?破門ですか・・・?」

 修一はとっさにそう聞いた。

「破門も何も弟子を取るとは一言も言ってない。お前の情熱が俺に伝わり俺もお前に賛同したまでだ。そもそも俺は弟子はもう取らないことにしてるんだ・・・今まで何人も俺の元を訪れて弟子入りを頼みこんできたやつがいたがな・・・どいつもこいつも俺の弟子になりたがっているだけで、誰も俺を抜こうを考えるやつはいなかった。そもそもそういうやつらは俺の弟子という肩書に憧れているだけで、何かを目指そうとしているわけではないんだ。だからそんなやつらを弟子にしたって仕方ないだろ?俺は自己満足のためにこの業界にいるわけじゃないんだ・・・」

 片山廬山は普段は超がつくほど寡黙で必要なこと以外は一切言わなかったのにも関わらず、いつにも増して雄弁だった。修一が目を丸くしていると続けて廬山は話し出した。

「お前が俺に挑みかかってくる姿は偉大だった。弟子にしてくれるかどうかも分からないのに、毎日のように俺の家の前で一晩中自分の胸の内をずっと叫んでいた。そんな骨のあるやつは今まで初めてだった。だが・・・どうやらお前も同じようだ。」

 修一はそれを聞いて何も言えなくなってしまった。

「明日の朝までに一晩寝ずに考えろ・・・」

 廬山はそう言って部屋を出て行こうとしていた。

「もし・・・答えが出せなかったら?」

 修一は廬山の後姿に向かってそう聞いた。

「荷物をまとめて明日帰ってもらう。」

 そう言い残してさっさと寝室へと行ってしまった。



 修一は一晩中苦悩して本当に寝ずに考えた。これが最後であり、もし答えを出せなかったらすべてが終わるのだった。自分の寝室に戻ろうかとも思ったが、そんなことを考えることすらできないくらい、廬山に言われたことで頭が一杯になっていた。そして、気づいたら囲炉裏の部屋で夜を過ごすことになっていた。廬山の言葉の意味をもう一度考えてみた。

「お前は・・・一体何を考えながら創っているんだ?」

 その言葉の本当の意味するところは分からなかったけど、修一は自分は一体何を想ってそもそもこの世界に入ろうとしたのだろうか?・・・とふと考えた。人生がうまくいかないからなのか?あるいは、人生に失望した時に廬山の作品と出会い衝撃を受けたからか・・・

 そして、ついには深夜になってしまった・・・

修一はついに眠くなりうとうとと囲炉裏に囲まれながらその場でうたた寝しそうになってしまった。そして、その時ふいに夢を見た・・・

 夢の中で修一は高校生に戻っていて、サレジオ学院に通っている優等生だった頃だ・・・

何かやりたいことも特になく適当に学校生活を送り、勉強にひたすら打ち込んでいた。何があるでもなくただただ過ぎ去っていく日々・・・

果たして自分はこのままでいいのだろうか?とふと思ったこともある。

放課後、図書館で勉強していた時にそんなことを考えた記憶が残っている。

そして、神様に聞けば何か答えが分かるとでも思ったのだろうか、彼はついには校舎内にある教会へと向かった。サレジオ学院はミッション系スクールだったので、校舎の裏側にフランシスコ・サレジオを礼拝したカトリックの礼拝堂があった。

教会の内側は綺麗なステンドグラスと聖母マリア様の像があり、とても神聖な場所に思えた。

修一はその時、カトリックなどにはほとんど興味がなかったため、普段は学校の記念イベントなど特別な行事がある時以外は、礼拝堂に立ち寄ることなどなかった。

しかし、改めて見ると内部はこんなにも美しく輝いていたのか・・・

高校生だった修一は、フランシスコ・サレジオの記念像が礼拝堂の端の方に飾られていたので、それを見てみた。

「・・・当時の司教としては珍しいほど気軽に人に接する人物でした。敵、味方という区別もなく、出会う人を大切にした人です。分かりやすい話をし、どんな人をも受け入れ、出会った人自身が「自分は大切にされている」と感じるような接し方をした人です。司教と言う高い身分を持っていましたが、それを表に出さず、気さくなおじさんとして生涯を終えました。」

そんなような文章が記念像の石碑に書かれていた。

 そうだ・・・思えば自分は今までの人生で大切にされているという感覚がなかった。会社も大手企業というだけで何となくで入社して、彼女であった穂乃花とも何となくで付き合っていて・・・そして、案の定仕事で大ミスをしたら簡単にクビになった。そして、彼女である穂乃花にも簡単に振られた。そして、そんな時に琴と出会った。彼女はそんな不甲斐ない自分のことをとても大切にしてくれた。だからこそ、自分は救われたのだった。そして・・・そんな琴のことを大切にしようと思った。でも・・・それも結局仕事で失敗して、彼女も自分の元を去った。

 そんなことを思い出した・・・

そうだ・・・自分は誰かに大切にされているという感覚がないんだ。だからこそ人一倍愛を求めていたのだった。そして、それで辿り着いた先がこの道だった。そして、いつしか自分もそういった人たちが「自分は大切にされている」と思えるような作品を創りたいのだと思った。

 修一は確信した。

「誰かに寄り添うような作品を創る事・・・」

それが、自分なりに出した答えだった。

 そして夜明けが訪れて、早朝に廬山にそのような自分の想いをすべて伝えると

「いい答えだ。」

とまた必要なこと以外は一切そぎ落としたようなシンプルな表現で、ぼそっと一言だけつぶやいた。

そして、廬山は修一にこういった。

誰かの真似じゃなく自分が作りたい想いがなければ誰かにそれは伝わらない・・・

そして、それは自分だけの中にある唯一無二のものでなければ作品に魂は宿らない・・・

そして、人生を挽回したいとか輝かしい人生を取り戻したいとかそのような薄っぺらい理由では作品に憎しみしか宿らないのだと。

「今までのお前にはそういった憎しみの感情がかすかに見え隠れしていた。でも、この一晩でそれも吹っ切れたようだ。」

 そして、廬山は最後にこう言った。

「憎しみが晴れた先に光あり」

これが廬山が修一に伝えたかった言葉だった。

16.巨匠との出会い【後編】

 

あたりは静まりかえっていた。

ひたすら歩いてきたくねくね道を抜けるとそこは少しだけ広い崖の上の峠のようなところだった。すでに時間はとっくに夕刻を過ぎていたのであたりはあまり見えなかったが、その峠の上に構えるかのように立っていた古い木造づくりの日本式の住居からは、かすかな明かりが見えた。修一はあそこに違いないと思ったが、ここにきて急に身構えてしまった。さきほどまで後先考えずひたすら突っ走ってきたあの勢いが突然どこかへと逃げ出してしまったかのように思えた。

「でもね・・・あなたなら・・・あるいは弟子になれるかもしれないは・・・」

 修一は再び春先生の言葉を思い出した。

自信を持て・・・そう自分に言い聞かせた。

修一は、恐るおそる家の方へと近づいていき

「あの・・・どなたか・・・いらっしゃいますか?」

と聞いてみたが、今にも消えそうな小声になってしまった。

そして、その住居正面にあった引き戸のようなものを叩いてみた。というのもその家にはチャイムや呼び鈴らしきものが一切見当たらなかったからだ。

表札らしきものも一切かかっていなさそうだったので、本当に人がいるのかどうかさえ不明だった。

「あの!すみません!」

少しだけ声を大きくしてみた。

しかし、一向に返事は来なかった。

その引き戸はものすごく古く、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような雰囲気だった。アニメで言えば「サザエさん」くらいしか修一は連想できなかった。

あたりはシーンとしていて、肌寒い夜風だけが修一の頬をビュンビュンと容赦なく攻撃してきた。引き戸の横に小さな窓のようなものを見つけたのでそこから少し中の様子を覗こうとしたが、近づいてみたらすでに雨戸らしきものが閉まっていて中の様子はうかがいたくても無理そうだった。

 修一は「ふー」っと大きく息を吸い込んだあとに「はー」と吸い込んだ分以上に大量の空気を夜風に向かって吐いた。

「あの!すみません・・・夜分に失礼します!私、形見修一と申します!廬山・・・片山廬山先生に一目お会いしたく東京からはるばる来ました!」

 さきほどとは比べ物にならないくらい大きな声を出してみた。今までの修一の人生の中で史上最大の声をありったけに吐き出してみた。しかし、勇気を出してみたものの一向に返事はない。

「あの!先生がこちらにいらっしゃると伺ったのですが!」

しかし、返事はない。

「あの!どなたかいらっしゃいますか!」

修一がそう言うと、途端に引き戸の向こうから人影のようなものが現れた。

「誰だ!」

誰かが向こう側から叫んで来た。

やはり人がいる・・・修一はそう思った。

そして、初めて反応があったことで修一は思わず歓喜して叫びそうになった。

「あの・・・私、形見修一と申します。」

あらためてもう一度名を名乗ってみた。

「誰だ・・・知らんな。」

その人影はそういった。

「どうやってここの居場所を知った?」

人影は向こう側から修一に聞いてきた。

「緑川春先生という方から片山廬山先生がこちらにお住まいだと聞きましたので・・・」

人影は急にピリピリし出したのか

「緑川?誰だ・・・業界界隈のもんか?」

そう言ってきた。緑川春先生のことを知らないのだろうか?彼女は廬山先生と一度仕事をしたことがあると言っていたのに・・・

それにしても業界界隈とはガラス工芸の業界のことなのだろうか?

「そうです・・・緑川春先生にわたくしはガラス工芸を学んでおりました。彼女からあなたのお住まいの場所を聞きました。」

そう言うと人影はまたピリピリと怒り出したような口調になった。

「誰だか知らんが、俺は自分の居場所など誰にも教えたつもりはない。帰れ!」

相当何か頭にきているようだった。しかし、話が通じているということはこの人影はどうやら片山廬山本人であることは間違いないようだった。

「お願いします!是非、お話だけでも聞いていただけませんか?」

修一は力いっぱいそう懇願してみた。

「話すことなどない・・・こんな夜遅くに一体何の用だ?」

まだ不機嫌な様子だった。

「あの・・・是非あなたの弟子になりたいと思って東京からはるばるやって参りました!」

片山廬山の弟子にしてもらう・・・夜行バスを乗った瞬間から修一は四六時中そのことし考えておらず、東京からたったその一言その想いだけを伝えるためだけに遠路はるばるやってきたのだった。だから、今までずっと長いこと伝えたくても伝えられない想いがもう口からすべてこぼれるかのようにすべて吐き出してしまった。

「何?弟子だと・・・?ふざけてるのか・・・帰れ!」

修一の言い方が気に食わなかったのか・・・はたまた弟子にしてほしいと厚顔無恥にも言ったことが癇に障ったのか分からないがいきなり「帰れ」と一蹴されそうになった。修一はそのとてつもなく大きな声で罵倒されるかのようにそう言われたので、足が少しだけガクガクと震えそうになった。

 そして、その人影はまたその場を離れ家の奥へと帰って行こうとした。

修一は、ここまで来て引き返すわけにはいかなかったので最後の覚悟を決めた。恐ろしく怖かったがもう一度引き戸の向こう側へ叫んでみた。すでに人影は見えなかったので届くがどうかは分からなかったがひたすら叫んだ。

「緑川先生に・・・あなたなら片山廬山の弟子になれるかもしれないと言われました!だから・・・私はあなたに会いにきました!」

 そう最後の望みをかけて叫んでみたもののすでに引き戸の奥は物音ひとつしないほど静まりかえっていた。手遅れだったか・・・修一はその場でうなだれるかのように倒れ込んでしまった。はるばる東京から来たのに・・・すべてを投げうってでも弟子にしてもらおうと覚悟を決めてきたのに・・・そして、しばらく修一は何をするでもなくその場で身動きひとつすることなく静けさの中に身を伏せていた。何分そこに留まっていただろうか・・・修一はこの世の儚さについて考えていた。人生とはこのようなものだ・・・すべては自分次第で切り開けるなどとは大嘘だ・・・万事うまくいくなどあり得ない。いくら努力してもうまくいかないときはうまくいかない。必死の心の声も届かなければ想いは伝わらないこともある。そう・・・人生とは思い通りにはならない。

 修一は諦めて東京にもう帰ろう・・・と思った。そして立ち上がろうとするとその瞬間引き戸のドアが突然開いた。

「ガラガラ・・・ドン!」

あまりにすごい勢いで開いたので大きな音が修一の耳元で響いた。

そこには人が立っていた。背丈はあまり大きくはないが体格はよく年齢は中年くらいの男性に見えた。なにやら緑色のとび職の作業着なのかよく分からないものを着ていて、白髪だらけで髪はもみ上げからあごひげまでボーボーとのびていた。その姿はある種、忍びのようにも感じられた。

「お前・・・名前はなんていう・・・」

その男はそういった。

「あ・・・」

修一は初めて片山廬山らしき人物をこの目で見れたことの驚きのあまり言葉がでなかった。すべてを投げうって、会いに来たその憧れの巨匠が今修一の目の前にいた。

「か・・・形見・・・修一・・・です」

 思わず声がうわずってしまった。まだその場でふさぎ込んでいたので下から片山廬山らしき人物の顔を覗き込みながらそう答えた。しばらく、その男は修一の顔をまじまじと眺めていたがやがてこういった。

「今日はもう遅いから帰れ・・・」

突然、そういった。何のことだか修一には意味が分からなかった。

話を聞いてくれるつもりだから引き戸のドアを開けたのではなかったのか・・・?

「あの・・・それはどういうことですか?」

 修一は思わずそう聞いてしまった。

「それは・・・自分で考えることだ。」

そう言ってその男は再び引き戸を勢いよくバンと閉めてしまった。そして、またもや家の奥へと戻っていった。

「あの・・・」

修一はその場にひとり取り残されてしまった。



 民宿に辿りついたときにはすでにすっかり夜中に近い時間になってしまっていた。あれからどこをどのようにして帰ってきたのか記憶すらないほどだった。田舎の路線なので平日昼間でも三十分に一本くらいしか通らないような辺鄙なところで、さらにかなり夜遅くにになってしまったため電車がほとんど来なかったし、さらに修一は片山廬山に初めて会えた驚きと感動と興奮とそして、最後に言われた言葉の意味が分からなかったことでそのことについてずーと考えこんでいたため一つ降りる駅を間違えてしまったりと・・・そんなこんなで、民宿に辿りついた頃にはもうほとんどの宿泊客は眠りについていた。

 民宿の経営者はもう夕飯の時間帯は過ぎているのに仲居に頼んでわざわざ修一に夕飯を部屋へもってきてくれたので、お腹がペコペコにすいていたことなど忘れてしまったのを思い出して夢中で食事を食べた。納豆ご飯とサバの塩焼きとおしんこや、おひたし、沢庵と、サラダとみそ汁と茶碗蒸しのセットのようなものだった。いかにも民宿らしい料理だった。簡単にデザートに杏仁豆腐のようなものもセットでついていた。部屋でそれらを食べ終わった後に修一はくたくたに疲れた体で、仲居さんが畳の上に敷いてくれたふとんにくるまって眠りこんだ。本当は、民宿には小さな銭湯があったそうだが、くたくたに疲れ切っていたので入る気力もないのでそのまま眠りについてしまった。



 翌朝、修一は再び民宿で朝ご飯を食べ終えた後に片山廬山宅を再び訪れた。眠る前に考えたことは「今日は、もう遅いから帰れ」というあの言葉の意味だった。あの時あの言葉の意味は修一にはさっぱりだったが、もしかしてあれは「違う日にちにまた出直してこい。」という意味にも捉えられたからだ。だから、修一はそう解釈して再びかすかな希望を持つことにしたのだった。

 しかし、その希望はまた再び不安となった。今度は午前の朝の時間から、昨夜と同じようにひたすらドアを叩いて同じように自分の想いをありったけ大声で叫んでみたが、何時間たっても廬山は現れなかった。それどころか、昨夜のように引き戸の向こう側に人影が映る気配すらなかった。修一はおかしいと思いながらも何度もお願いした。途中でお腹がすいてしまったので、今朝がた民宿の近くの売店で買い込んで持ってきたおにぎりやら菓子パンやらを家の前で食べたり休憩もはさみつつ、そして何度も挑戦した。そして、その日はついに夜の時間帯になってしまったので、また明日来ようと思った。

胸の内にかすかな希望があるうちは絶対に諦めたくはなかった。



しかし、修一の期待とは裏腹にその次の日も次の日も同じだった・・・

一日中家の前に張り付くようにしていたが、廬山が出てくる気配など一向になかった。

それにしても、片山廬山は家から一日中出ずに一体何をしているのだろう?とさえ思えた。

家でする仕事なのだとしても買い出しに出かけたり、外に散歩したり出歩いたりなどすることもないのだろうか?

 しかし、そんな修一の疑問などどうでもいいかのように片山廬山邸の引き戸の向こう側は静けさで充満していた。

 その日は民宿の夕飯の時刻通りに修一は帰って来た。どうやら18時30分から21時がその民宿の夕飯の時間というルールになっているようだった。夕飯のサバの味噌煮やブリ大根や厚揚げなどを食べていたら、民宿の経営者のような方が話しかけてきた。

「お客さんいつも夜遅くまで出かけてらっしゃるから時間通りに食べられてよかったですね。」

修一にそう話しかけてきた。

「いえ・・・すみません、いつも部屋まで持ってきていただいてしまって・・・」

 修一はとっさに謝ってしまった。

「いえ・・・そんな嫌味で言ったのではありません。出来立ての方がおいしいですから・・・ここらへんは海の幸がとても新鮮ですから。」

「はあ・・・そうなんですか・・・」

 自分が何だか責められているような気がしたから、そういう意味でいったのか・・・と思った

「それにしても、珍しいですよね・・・こんな時期に若い男性の方がこんな場所におひとりだなんて。一人旅ですか?」

 民宿の人はそう聞いてきた。

「ええ・・・まあ・・・」

「ここらへんは乗覚寺っていうそこそこ有名なお寺がありますけど、それ以外は特に観光スポットらしきものも特にありませんしね・・・昔はバブルの頃はゴルフ接待とか社員旅行とかで温泉に来る客が大勢いらっしゃいましたけど、近頃はほとんどいませんので・・・」

「そうなんですね・・・」

 そういえば、今まで気づかなかったが夕飯の時間帯だというのに席はほとんど埋まっておらず客足はまばらのようだった。

「最近の若い人たちは、平日に有休休暇などをとって日帰り温泉がメインのようですからね・・・」

「はあ・・・」

「ですから、こんな時期に若い人がおひとりで来るなんて珍しいので嬉しいですよ。いつまでいらっしゃるか分からないですが、ごゆっくりしてってくださいね。」

 そう言って民宿の方は頭を下げてから厨房か台所と思われるところへ入っていった。



 次の日は朝から曇りだった。

そして、また修一はドアの前に立ってひたすら叫び続けた。何度も何度も・・・

はたからみたらバカみたいに見えるかもしれないけど、修一にとってこれは人生をかけた一大イベントであり闘争そのものだった。

 そして、この日は夕方頃からついに雲行きがあやしくなりついには雨が降りだしてきた。

ザーザーと雨の音がなりだした。しかし、そんなことはおかまいなしに、修一は呆れるほど繰り返し叫び続けた。そして、またとうとう夜になった。

 修一はここまで来て引き下がるわけにはいかなかった。持ってきた金もだいぶ底をついてきたのでせいぜい泊まれてもあと一日程度だった。銀行から預金をおろしたりすればまだだいぶ泊りはできただろうけど、そんなことをしたらいつまでもずるずると先に延ばして長引いてしまいそうだった。また東京に戻ってしばらく働いて貯金をためてから出直すことも考えられたけど、そんなことしたら決心が鈍ってしまうだろうと思った。

 修一はついに最後の賭けに出るしかないと思った。といっても何をどうすればいいのかは分からなかった。いっそ降り止まない雨の中でひたすら考えれば何かを思いつくかもしれないとでも思った。

 そして、ドアから離れてしばらく雨に打たれていた。

「あの・・・廬山先生の東京の展示会を見たんです!あの日・・・私はすべてに絶望しておりました。何もかも・・・人生も何もかもうまくいかず、ただひたすら死にたいと思っていた。そして・・・そして、あなたの作品に出会いました!すべてが美しかった。この世のものとは思えないほど美しかった・・・そして・・・そして、私はいつしかその作品の虜になりました。この世のものとは思えないあの光景を・・・まだ、自分には無理かもしれないけど、いつしかあの美しい光景を自分で再現したいんです!だから・・・どうか・・・最後に話をもう一度聞いてください!」

 いつの間にか修一は一心不乱にそう叫んでいた。

「私は明日帰ります。だから・・・最後にこれだけはいいたいんです。だってそうじゃなきゃ・・・心残りになるから。人生に後悔だけはしたくないんです。」

 修一はまだ激しく降り続ける雨に頭のてっぺんから滝の苦行のように打たれていた。

そして深呼吸をして、空の上を見た。空は曇っていたが、激しい雨が目を容赦くなく攻撃してくるのでほとんど見えなかった。そして、目をつむった。そこには何も光はなく、ただ修一の頭の中の世界だけが広がっていた。そして、こう叫んだ。

「私は・・・わたしは、第二の片山廬山になります!」

 そう言い放ち、修一はしばらくまた上を向きながら雨に打たれていた。

すると、引き戸が少しずつ音をたてながらゴロゴロと開き始めた。

ドアの前の男はあたりを見回したが、そこにはもう人はいなかった。

「帰ったか・・・」

残念そうにそう言った。そして、再び引き戸を閉めようとしたらすぐ後ろに人の気配がした。慌てて振り返ると、そこにはとっくに帰ったと思っていた修一が立っていた。男は驚いたが、その執念に圧倒されたのかこう言った。

「入れ・・・」

15.巨匠との出会い【前編】

 

「片山廬山先生の元へ弟子入りしに行きます。」

そう一言書置きを残して家を出たのは昨夜のことだった。

親に心配かけさせまいとしたわけではない。もちろんそういう気持ちが少しもないと言えば嘘だったが・・・これは、修一自身の・・・自分の覚悟の問題だった。

翌朝になって出発して万が一、明け方に親と顔を会わせてしまったらなんといえばいいのだろうか?そして、よしんば親の目を盗んで家を出たとしても一度顔を会わせてしまえば覚悟はもはや鈍り、その情熱はどこにも行き場がなくなってしまうからだ。

そう思ったら怖くて顔を会わせられなかった。

深夜の夜行バスに乗り、修一は東北の山形の方へと向かった。

1人さみしくバスの中で何を想ったのか・・・

それは、自分にしか分からないはずだったが、修一の頭の中には、もはや片山廬山のこと以外なにもなかった。どうすれば、彼の弟子にしてもらえるのだろうか・・・?

その一言だけが夜行バスに乗りながら脳裏にひたすら繰り返しよぎることであった。

そして、もし門前払いされたらどうしよう?という一抹の不安もあった。

でも、その度に修一は春先生の言葉を思い出した。

「でもね・・・あなたなら・・・あるいは弟子になれるかもしれないは・・・」

夜行バスの中で不安に押しつぶされそうになるたびにその言葉を修一は思い出した。

先生の言葉が自分を後押ししてくれたのだった。だから、自分はどんなことがあっても諦めない・・・そう心に誓っていた。

あの後、「緑川ガラス工芸教室」をやめると伝えたら、春先生はひどくがっかりしていた。

何でも、彼女は自分の個展を開くときに修一に色々と作品の制作の手助けをしてもらう助手にするつもりだったそうだ。あの時、修一にプロの道を勧めたあの日にその話をするつもりだったそうだ。そして、修一がもしよければ今後は弟子としてプロになれるように徐々に指導していく覚悟すらあったそうだ。春先生は元々作家としての人生の方が遥かに経歴としては長く、後継者を育てるといったこと自体にはあまり興味がなかったそうだ。しかし、修一と出会ったことでその考えが一転したらしい。何でも今の日本は伝統工芸が廃れてきていて、若手の造形作家が少ないため修一のような「若き才能」を春先生は期待していたそうだった。だが、修一が片山廬山の話をあまりにも熱心にし出してまさに真剣そのものだったので、春先生は自分が弟子にすることをあの時すっかり諦めてしまったそうだ。

「残念だけど、仕方ないはね・・・」

先生はそう言った。

「申し訳ありません。」

と修一は頭を下げた。

そして、春先生は最後に修一にこういった。

「あなたを指導してあげられなかったのは残念だけど、第二の片山廬山が見られる日を楽しみにしています。」

そして、修一は教室を去り、春先生とは別れた。

そんなことを思い出しながら夜行バスに揺られて修一は外を眺めていた。いったい今どのあたりをどういうルートで通っているのかまったく皆目見当もつかなかったが、山形駅に向かっているのは確かだった。

窓の外を見ても暗い夜空とよく見えない暗がりと道路らしきものしか見えなかった。

こんな景色を見ていても気分が滅入って余計不安が募るだけだと思い、修一は少しばかり寝ることにした。

あまり寝れたような記憶はなかったが、次に目を覚ました時はだいぶ夜明けは近づいているようだった。バスの外からは日の出が少しだけ見え始めていた。そして、東北地方の素朴な景色が少しばかり視界に映って来た。

そして、それから一、二時間立った頃合いに運転手席の方から

「まもなく山形駅に到着致します。」

とのアナウンスが入った。

そして、バスは山形駅のバスロータリーに着いた。

「ありがとうございました。」

修一がバスを降りる時、運転手はそう言ってきた。

バスを降りるとそこにはJR山形駅があった。

「うーん。」

修一は、長旅に疲れて駅前の広場で少しばかり背伸びをした。

荷物は大きめの旅行用トランクにありったけの着替えを詰め込んできた。

たったの一日で弟子にしてもらえるなどと到底思えなかったので、できるだけたくさんの日数こちらに滞在できるようにと準備したのだった。そして、あわよければどこか近くの旅館に泊まってでも、何日でも通うつもりだった。許可してもらうまで決して諦めないつもりだった。

そして、旅館に泊まれるだけの貯金もありったけもってきた。しかし、そうはいってもそこまでお金もないのでできるだけ安い民宿のようなところを探すつもりだったが、どうやら片山廬山の住んでいるらしき場所の近辺には民宿のようなものはとてもなさそうだったので、電車で通うことになりそうだった。

春先生の話によれば、片山廬山は若い頃は東京に住んでいたため、たまにメディアなどに露出していて巨匠として世間では大いに有名だったそうだが、10年くらい前から途端に世間から姿を消したそうだ。理由はよく分からないが、春先生いわく恐らく世間やメディアに追われる日々に疲れて田舎で創作活動をすることに専念したくなったのではないか?とのことだった。

「芸術家とはそういうものなのよ。」

緑川先生はそういった。金や名声よりも作品と孤独を愛する時間が必要なときもあるのだと・・・

 それにしても山形駅からローカル線を何本か乗り継いでその先にあるさらに辺鄙な山奥のふもとに一人で住んでいるとのことで、相当、偏屈な変わり者なのだと思った。

しかし、夜行バスに揺られながらひたすら緊張していてやっとこさ長旅から解放された修一は突然お腹が減ってきたので、駅前にある蕎麦屋に立ち寄って朝食を食べてから片山廬山の元へと向かうことにした。

 片山廬山の住んでいると思われる村は金巻市の鎌谷町というところにあった。といっても、そこは住人もほとんどいないほどの辺鄙な田舎町なのでほとんど村と言ってもいいほどのところだった。

「私も、この業界長いけど仕事で一度きり関わったことがある程度で先生には直接お会いしたことはないの。ずっと面会を希望していたのだけど。」

彼女いわく、片山廬山が急に田舎に隠居してしまったので肩透かしをくらったそうだ。そして、片山廬山は偏屈な人で業界でもあまり仲のいい人もおらず、唯一つながりのあった業界人からこの町に住んでいるということを聞いたそうだ。メディアが彼の居場所を突き止めようとしたこともあったが、すべては謎だった。

 ローカル線を二回乗り継ぎ、鎌谷町駅のさびれた駅のホームに降り立ちあたりを見渡した。

まわりは田んぼばかりで、家といえば木造や瓦屋根のものばかりの本当に過疎化した村落みたいだった。修一はこんなド田舎を旅行したことなど今までの人生でただの一度キリもなかったので、とても不思議な光景に見えた。

「本当にこんなところに有名な先生が住んでいるのだろうか・・・?」

修一は不安になった。

あたりを見回してもまわりは農村らしき家屋と、あとは数件人が住んでそうな家がちらほら散見されるほどだった。

修一はさっそく一軒一軒訪ねてみることにした。

「ごめんください・・・突然申し訳ございませんが、このあたりに片山廬山先生が住んでると聞いたのですが・・・」

修一は一件目の家の住人の人に聞いてみた。

「ああ・・・あなたはどちら様で?」

当然の話だ・・・突然よそから来たものをあやしまないはずがない。

「私は、東京から来たもので、ガラス工芸の仕事関係をしているもので是非片山廬山先生に会いたいと思いまして・・・」

ガラス工芸の仕事をしているというのは嘘だったが、それより他に説明のしようがなかったので手っ取り早く聞き出すためにそのような話の流れにすることにした。

「片山廬山・・・はて・・・?分かりませんな・・・」

どうやら地元の人も知らないようだった。

なるほどな・・・自分の住所をメディアにすら晒さないわけだから、地元の人も当然どこに住んでいるのか知らないのかもしれないと思った。

そして、次の家を訪ねても同じような答えが返って来た。

「さあな・・・その先生の名前は知ってるが、そんな有名人がこんな田舎に住んでるとは到底思えないけどな。」

いかにも田舎風の風貌をした年配のおじさんは修一にそうそっけなく答えた。

そしてその次も、その次も同じく「知らない」だった。

 本当にここに住んでいるのか?

修一は段々と焦ってきた。このあたりで聞いてない家はもう見当たらなかった。ぐるぐるとその辺りを一周してみたものの、またもや同じ場所へと戻ってきてしまった。小一時間もしない間に見て回れるほどの本当にちいさな片田舎だった。

そして、また来た道を今度は逆回りで回ってみた。そして、また同じ駅前の村の集落に戻ってきてしまった。今度は少しばかり違うルートを辿ってきたらしく途中で何軒か家を発見したので、住人に聞いてみたがやはり「知らない。」と言われた。

 修一はほとほと困り果ててしまった。昼過ぎにはこの町にはもう来ていたというのにこのままでは日が暮れてしまう。しかし、修一は最後の最後まで諦めてなるものかと思った。しかし、さすがに疲れたので近くに木の丸太のようなものがあったのでそこに腰を下ろすことにした。

「は~疲れた。」

こんなに歩き回ったのは実に久しぶりだった。額には少しばかり汗をかいていた。

もうすぐ日が暮れる。

今日はもう諦めて帰ろうか・・・

ローカル線で乗り継いで降りた途中の駅に民宿があったので、予約をしておいてよかったと修一は思った。

そして、日が暮れ始めた。太陽が西へと沈み空を茜色に染めながら静かに落ちていく・・・

そんな光景を眺めていたら太陽の光が反射した先に先ほど通った時には気づかなかった小さな神社のようなものがあるのが目に入ってきた。なぜさっきは気づかなかったのだろうか?

 修一はもうすぐ日が暮れてしまうので、大急ぎでその神社の方へと向かっていた。数十段ほどの階段をのぼるとそこには神社の建物のようなものがあった。地元の氏神様でも祭っているのだろうか・・・?

神聖なる場所をぐるりと回ってみたもののそこには人の気配はなかった・・・

神主さんはどこにいるのだろうか・・・?

そう思ってみたものの誰もいない。

ここでもないのか・・・

「今日は諦めてまた明日来よう・・・」

一日中歩き回ってくたくたに疲れたので早く民宿に帰りたかった。

しかし、その時、神社の奥の雑木林のようなものが生い茂っている先にほそい通り道のようなものがあることに気がついた。

ほとんど誰も気づかないようなほどの細い道だった。舗装もされておらず、とても人が通って歩いていかれるような道ではなかったので恐らくよほど注意していなければ気づかないだろう。なぜ、気づいたかといったら、先ほどリスらしき動物がたまたま偶然そこを通っていったからだ。

修一はそこを歩いてみることにした。どの道もうそこくらいしか目ぼしい場所はないと感じていたのだった。

ほとんど人が通れるようなスペースがないほどそこは狭い空間だった。雑木林が生い茂っていて、左右から修一の体を圧迫してくる上に下が見えないから道があるのかどうかすら分からないほどだった。しかし、その道が永遠と何十メートルも続いているようだった。

あたりは蚊やらハエやらの音がブンブン耳元でささやいてくるから修一はいますぐそこを抜け出したかった。

雑木林が邪魔をするのでほんの少しずつしか体を動かすことができなかった。

もう早くここから出してくれ・・・

心の中でそうささやいた。

少しずつ足を前に踏み出しつつ、あと数メートルのところまでやっとの想いで来た。

そして、修一は10分くらいそこをつたって歩きながらようやくそこを抜け出すことができた。

「疲れた・・・」

へとへとにぐったりとその場で倒れてしまった。

しばらく休憩した後に顔をあげるとそこは山道のふもとのようなところだった。

「何だ・・・ここは?」

修一は辺鄙な場所だなと思った。

もう辺りはかなり暗くなりかけていたのでよく周りが見えなくなり始めてはいたが、どうやらその先は山奥の麓になっているようだった。

段々と暗くなってきてしまったし、少しだけ不安になってきた。こんなことなら懐中電灯をも持って来るのだった。

今すぐ帰りたいと思ったがここまで来て引き返すわけにはいかなかった。

しかし、その時に修一は思った。

「山奥の麓に住んでいるらしいのよ。」

春先生は確かにそういった。

その言葉が本当ならもしや・・・と思った。

そうだ・・・そうに違いない。

修一はその言葉を信じて前へと前進することにした。

その山道を少しだけ昇っていった。

本当に何もないような辺鄙な山道だった。

周りはすでに暗くなっていてろくに道も見えなかった。

そうだ・・・スマホのライトを使おうと思ってポケットから携帯を取り出した。

ライトをつけると多少周りが見えるようになりほっとした。

そして、その道はどうやらくねくねと曲がっているようだった。

まるでいろは坂だ・・・と思った。

何十回ものそんなカーブの道をのぼっていきやがてその先にあるものが見えた・・・

「家だ!」

とうとう誰かの家を見つけた。

きっとここが片山廬山の住居に違いない・・・

修一はそう思った。

14.覚醒

 

先生の予測はあたり、修一はみるみる上達していった。元々手先は不器用だったが、絵が好きだということもあり美的センスはいい方だったので型を取った後の作業工程については順当だった。

「すごい美的センスね・・・」

と一度先生に授業中にまたもや褒められたのだった。

 そして、予定通り発表会に参加することになったのだった。

発表会は、修一の通っていたクラスだけでなく、他の入門コースの生徒さんもいたらしく総勢で軽く10人は超えていた。

「これは娘に生まれたばかりの私のお孫さん用のヘアバンドです。といっても実物じゃないから身につけられたりはできないのですが、もう少し大きくなったらプレゼントしてあげようかと思ってます。」

小原さんはみんなの前でそう恥ずかしそうに発表し終わると全員が一斉に拍手をし出した。

「はい、ありがとうございます。とっても素敵な赤ちゃん用のヘアバンドですね・・・心がとても温まるような。色合いも綺麗な赤で・・・グラデーションも色鮮やかにできていますね。」

緑川先生がそう小原さんを褒めるようなコメントをした後に、さらに色々と作品についての感想や、もっと工夫した方がいい点などをつけたした。

「でも、小原さんよく三か月でここまでこぎつけましたね。私は途中で大丈夫かなと不安になりながらも小原さんのことを応援しておりました。」

先生がそう言うと小原さんは恥ずかしそうにお礼を言った。

「そんな・・・先生のおかげです。ちょっと形が不格好でみっともないですけど・・・」

「いえいえ・・・とても素晴らしいですよ。お孫さんが喜ぶ姿が本当に楽しみです。ありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

そう言うと小原さんは恥ずかしそうに自分の席へと戻っていった。

他の生徒さんはみんなもう一度拍手を送った。

「それでは、今度は形見修一さんに紹介してもらいましょうか。」

緑川先生が修一の方を見てきてそういったので、他の人たちが拍手をし出した。心の準備はある程度はできていたものの、途端に緊張してきた。やはりまだ早すぎたのではないか?と思った。それに、自分はどう頑張っても大勢の前で発表するのは苦手な性質からは抜け出せないのだと改めてそう感じた。先生にそう言われて心臓がバクバクしそうだった。

「あの・・・これは・・・」

緊張して喉から声がでかかったときに息がつまりそうになった。みんなの前で、しばらく沈黙してしまった。

「緊張しないでね・・・形見さん、深呼吸しましょう。」

 先生がそう言ったのでまわりは少しだけ笑ったようにみえた。

僕が少しだけ深呼吸してから話し出した。

「これは・・・虹色のガラスの容器で・・・レインボーカラーのグラデーションがうまくでてるか分かりませんが、そこを意識して作ってみました。」

 そこまで言いかけたら、その後何を話すのかあらかじめある程度考えてきた内容が頭からすっかり飛んでしまった。でも、深呼吸をしたおかげでそこまでは何とか説明できたようだった。

「素晴らしいですね・・・この色彩感覚は美しくてみなさんも思わず感動してしまいますよね・・・」

 先生が僕の緊張度合いを察知してくれたのかフォローしてくれたかのように思えた。

「形見さんはまだ習い始めてたったの3ヶ月なのにどんどん上達していて今後も楽しみです。」

先生がそうお褒めのコメントをしてくれた後、小原さんの時と同じく色々な視点で先生が僕の作品を考察してワンポイントアドバイスをしてくれた。

「それでは、形見さんありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

僕は、あらかじめ用意していた内容の半分も発表できないまま自分の番が終わってしまった。そして、自分の席に座ると次は他の生徒さんの発表の番だった。初日の時に一番目立っていたあごひげを生やした貫禄のある中年のおじさんだった。一度も話したことはなかったが、彼も毎週欠かさず教室に通っている熱心な生徒だった。あごひげのおじさんが話し出すと隣の席にいた小原さんがはなしかけてきた。

「修一君、とってもよかったはよ・・・」

そう褒めてくれた。

「たったの3ヶ月でこれだけの作品が作れるなんてすごいじゃない。センス抜群よ・・・将来緑川先生みたいにお教室開いちゃったりして・・・」

何だかベタ褒めだった。

「いや・・・ありがとうございます。」

 僕は気恥ずかしくなって頭をさすりながらお礼を言った。

「本当にそうですよ・・・」

誰がしゃべったのかと思ったらいつも教室で小原さんの隣に座っていたもう一人のおばさんだった。一度も言葉を発したことがないおばさんが初めて話した。少なくとも修一の記憶する限りではこの人の声は一度も聞いたことがなかったので正直驚いた。なんでも、この人は佐藤さんという名前らしく小原さんとはどうやら地元の知り合いで、小原さんが一人で行くのは少し不安だからとのことで、あまりに熱心に誘われたからついでに一緒に教室に通うことになったそうだ。

「ありがとうございます。」

 僕はさりげなく佐藤さんにもお礼を言った。

そして、一通りみんなの発表が終わると全員でテーブルを取り囲んでのお茶会を開こうということになり、しばらく歓談の時間となった。小原さんはお茶会の途中、しきりに修一のことを褒めてくれていて先生にも

「先生、修一君すごいですよね・・・」

と言ってくれた。

 しかし、その後は自分の孫の写真を持って来たらしく、友達の佐藤さんと春先生と一緒にわきあいあいとその写真をみながら楽しそうに会話をしていた。僕は暇になってしまったのでお茶を飲んでいたら隣に座っていた一度も話したことがなかったあごひげのおじさんが急に話しかけてきた。

「形見さんだっけ・・・すごいね、君は・・・」

いきなりそう言ってきた。

「ありがとうございます。」

何がなんだか分からないがとりあえずそうお礼を言った。

「俺なんかもう二年以上も通ってるのにさ・・・発表会に誘われたのは今回がやっと初めてだよ。」

どうやら、あごひげのおじさんは50代のカメラマンらしくて芸術に興味あるからとかでガラス工芸も習おうとしたらしい。

「じゃあ・・・今後は副業とかにするご予定なんですか?」

修一がそう言うと

「いやいや・・・とんでもない・・・もうセンスないって分かっちゃったから。それにさ・・・うちにいると女房と反抗期の息子がいろいろとうるさいんだは。」

 どうやら奥さんが鬼嫁な上に高校生の息子が最近やたら反抗期で、家にあまり居場所がなく仕方なく通い始めたという理由もあったらしい。

「でもさ・・・同じ芸術なのに全然違うんだな・・・写真だったらすんなり色合いとか感覚的にわかるのにさ・・・ガラスだとさっぱりだもん。困ったもんだよ・・・」

 あごひげのおじさんはそう言うとまただんまりしてしまったので、そこで会話は終了してしまった。後で、気づいたが結局その人の名前を聞くのを忘れてしまっていた・・・でも、緑川先生がその人のことをいつも鈴金さんと呼んでいた気がするから恐らくそれが苗字なのだろう。

そして、お茶会はお開きとなり発表会は終わった。



 そして、次の週の授業の後に緑川先生がまた修一に話しかけてきた。

「この前の発表会の作品とっても素晴らしかったはよ・・・」

いきなりそう褒められた。

「ありがとうございます。」

バカのひとつ覚えだが、口下手な修一はまた一言だけお礼を言った。

「たったの三か月であれだけの色彩感覚を出せるのは抜群のセンスよ・・・」

彼女はさらに上書きするかのように褒めてきた。

「でも、他の生徒さんも素晴らしかったとおっしゃってたではありませんか・・・」

珍しく修一が意見を述べたので、春先生は少しだけ目を丸くした。

「みなさんの手前だから修一さんのことだけベタ褒めするわけにはいかなかったので・・・でも、あなたのが一番最高傑作だったはよ・・・」

 そして、春先生は自分を中級コースに誘ってきた。

「あなたなら多分もう大丈夫よ。」

そして、修一は普通なら1~2年かけてようやくたどり着けるコースにさっそく進級することとなった。



 そして、修一は中級コースの課題であるガラス絵というものに挑戦して、そこでもみるみる上達してあっという間に発表会に出られるようにまでなってしまった。ガラス絵というのは、ガラスの上に特殊な専用の絵具を使用して人物や風景を描いて、それを額縁などに入れてインテリアとして楽しむためのアートだった。これは、元々デザインや絵が大得意の修一にとってはうってつけの課題でむしろ入門コースよりもやりやすかった。そこでも春先生にべた褒めされてあともう少ししたら上級コースに進んだらと言われた。

「いや・・・まだ早いですよ」

と一旦断ったものの春先生がしきりに勧めるものだから進一は結局、上級コースに進むことにした。そして、そこでもみるみる上達した。そして、気がついたら修一は緑川ガラス工芸教室に通う誰よりもすごい作品を創れるまでになっていた。教室に通い始めてからもうすでに一年たっていた。ある日、上級コースが終わった後に春先生にまた声をかけられた。

「修一さん・・・あなた・・・今は何をされているのだっけ・・・?」

修一は今まで自分のことをあまり話さなかったので、春先生はどうやらそれがとても興味があるようだった。

「いえ・・・実は・・・」

あまり話したくない事だったが、もはや聞かれて困るようなものでもないと思い自分の今までの人生のことなどすべて話した。仕事で二度も失敗しクビになったこと、お腹に二か月の子供がいる妻に家を出ていかれたこと、発達障害だと診断されたこと。そして、そんな中途方に暮れていたらある日、片山廬山の企画展の会場をたまたま通りかかって作品を見たら、思わず声にならないくらい感動してしまったこと。そして、それがきっかけでこの教室に通うことを決意したこと・・・など。

 緑川先生は教室にいつも常備してあるインスタントのホットコーヒーの紙コップをゆっくり片手で持ち上げてそれを何口か飲み終わるとしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「そう・・・それは大変だったはね。」

 春先生は複雑そうな表情をしながらそう言った。

「片山先生とは直接お会いしたことはないけど、確かに素晴らしい方だは。あの方の作品には魂が宿っている。誰にも真似できるものではないは。」

 やはり、その先生はただものではないようだった。

「あなたが感動したのも分かる。私だって作家人生は長いけど、いまだにあの方は尊敬しているもの。」

「そうなんですか・・・」

僕はそううなずいた。

「あのね・・・あなたの身の上話みたいなの伺ったのはね・・・実は・・・聞きたいことがあって・・・」

「聞きたいこと?」

先生はこくりとうなずいた。

「あなた・・・この道に入らないかってこと。」

いきなり先生が唐突もないことを聞いてきた。

「この道って・・・ガラス工芸の世界ですか・・・?」

僕は思わずそう聞き返した。

「そう・・・あなたセンス抜群だし、並々ならぬ情熱を感じるのよ。趣味で終わらせるのはもったいないと・・・そう感じたの。」

「そんな・・・たったの一年くらいで分かるものなのでしょうか・・・?」

僕は恥ずかしそうにそう聞いてみた。

「一年くらいってね・・・逆にそれくらいの短期間で分かってしまうのよ。この人にはセンスがあるかどうかってこと・・・。それにね・・・私はこの道に入ってもう30年なんですよ。その人に魂が宿ってるかどうかくらい見分けられるつもりよ。」

先生が少し不機嫌そうにそう言ってきたので

「そんなもんなのですね・・・」

僕は下をうつむきながらそういった。

「最初にあった時はね・・・この人不器用だからダメだなこりゃって思ったけど・・・でもね、教えてるうちにみるみる成長していったから、この人はすごいと思い始めたのよ。でもね、逆に不器用だからこそ並々ならぬ努力をして、それが作品になって・・・そういった想いが人に伝わるのかもね。感動を与えるとでもいうのかしら・・・?」

 先生が自分のことをどう思ってるのか改めて分かった。

「それにね・・・あなたの人柄も作品によく現れてる。不器用だけどどこか誠実そうで素直で優しい。そういうのも作品には必要ね・・・性格や根性がひん曲がってるものには、感動を創りだすことは無理なのよ。あなたは、本当に大人しいし寡黙だけど、その内面からにじみ出る情熱はすごいのが分かる。だからああいう演出ができるの。」

「そうなのですね・・・」

「長いことこの業界にいて・・・たくさんの人たちを見てきたは・・・いろんな人がいるけどね・・・でも、だからこそ自信もって言えるのよ。あなたには向いてるって。」

 そう言われて僕は次第にその先生の言葉の数々に救われているような気がしてきた。

「あの・・・片山廬山先生の作品をあの展示会で見た時思ったんです・・・ああいうものをいつか創りたいって・・・」

僕は誰にも言えなかった自分の想いを打ち明けてしまった。

「普通の人がそんなこと聞いたらまず笑うけどね・・・私は笑わない。だって、可能だと思ってるから。」

先生は最高の誉め言葉を送ってくれた。

「あの・・・片山先生の弟子になることってできますか?いえ・・・弟子でなくてもいいんです、是非一目会いに行きたい!」

 僕は椅子から立ち上がって思わずそう口走ってしまった。

春先生はとっさに自分が大声でそう叫んだものだから、目をまん丸くしていていた。

「あの方は廬山流という独自の流派を作り上げてしまった天才なのよ。一時は自分の流派を後世に残したいとかで弟子を取っていた時期もあるらしいけど、みんなついていかれなくて辞めてったみたいね。だからね・・・今は、弟子は一切取ってないと聞くけどね。」

春先生は落ち着き払ってそう断言するかのように修一に諭した。

 修一はそれを聞いてがっかりしたので、自然と肩を撫でおろしてその場で立ちすくんだ。修一がすっかり落胆してしまったので、その様子をみて春先生はこう言った。

「でもね・・・あなたなら・・・あるいは弟子になれるかもしれないは・・・」

13.教室での日々

 

あの企画展と偶然出会ってから修一の頭からあの美しい映像が離れることはなかった。何かによって偶然誘われたような・・・そんな運命的なものだとさえ感じ取っていた。そして・・・それは何かに魅了されたというよりかはむしろ憑りつかれた、と言った方がいいくらい修一を夢中にさせていた。修一がそれほど何かに夢中になるのは勉強以外では生まれて初めてのことだった。いや・・・得意の勉強ですら彼にはそこまでの情熱を与えはしなかったかもしれない。これは・・・生まれて以来の衝撃的なことだった。まさに、雷に突然打たれたような・・・そう・・・「青天の霹靂」という言葉はこのためにあるのだと修一はその時に思った。

あの企画展の展示物コーナーで売っていた片山廬山の絵画集や書物のようなものを一通り買い漁ってから、それからというものの修一は一人部屋に閉じこもってはたからみたら気が狂ったかのように見えただろうと思えるくらい毎日朝から晩まで必死に読みふけっていた。どの絵も素晴らしく儚くそして美しかった。写真は決して実物ほど心を高揚させるものではなかったが、美術館で見た時には気づかなかったような新たな視点にも改めて気づかせてくれたことが修一にとっては何よりもありがたかった。そして、そんな日々が何週間も続くとまた案の定、父立彦と母尚子は修一のことが気がかりになり始めたのか、息子が部屋に籠っている間にひそかに二人で話し始めた。

「修一のやつ一体ここ最近何をやってるんだ?」

「さあ・・・分からないけど、この前ちょっと部屋を覗いたら何やら絵画集のようなものを大量に買い込んで部屋で一晩中読んでるみたいね。」

母尚子がそう言うと、立彦は呆れたように深いため息をついた。

「一体何を考えているんだか・・・いまだに琴さんの行方も分からずじまいだというのに・・・こんな時に現実逃避か?それとも、この年でいきなり絵でも始めたいとでもいうつもりか・・・?」

母尚子は少しばかりぼんやりと考えていたがとっさにあることを思い出したかのように話し始めた。

「そういえばさ・・・あの子、昔絵とか好きじゃなかった?勉強ばかり好きで特に何も趣味がなかったようなあの子が小さい頃絵だけは夢中になって描いてた。ほら・・・お父さんと一緒に観に行ったことあるじゃない?学校の美術の先生に推薦されて地域の絵のコンクールか何かで賞もらってたじゃない。」

母尚子がそう言うと

「そんなの子供の頃の話じゃないか・・・」

立彦はいったいそれがなんだという感じでまた深くため息をついた。

「でも、私はセンスあると思ったけど。それに・・・私の亡くなった祖父も画家だって話したことあるでしょ?案外・・・隔世遺伝かもしれないわよ。」

これは、母もあまり修一に話したことはなかったのだが、確かに母方の祖父は巨匠と呼べるほどではなかったが、生前はそこそこ有名な画家だったらしく個展を開いたり画集を出したり、芸大の講師の仕事をしていたらしい。

母尚子がそんなような話をしだすと

「バカバカしい。」

と言って、立彦はそんな話は聞きたくないとばかりについに自分の書斎に行ってしまった。

「はいはい・・・そうですか・・・」

母尚子も何を言っても無駄だと思って、それ以上この件については何も言わないことにした。

 そして、修一は気がついたらガラス工芸の教室に通うことにしていた。ネットで検索したところ、ガラス工芸教室というのは思ったよりも少なく、自宅で気軽に通える場所には到底なかったため、電車で何度も乗換をしながら1時間30分もかけての教室に通うことになり、毎回遠路はるばるというのか一種の小旅行気分でさえもあった。というのも、伝統工芸自体が後を継ぐ人が年々少なくなり、その中でもとりわけガラス工芸の人気は停滞してきているとのことであり作家自体も人手不足のようでもあった。

 修一が通うことに決めたのは、緑川ガラス工芸教室というところでかなりの郊外にあった。教室を運営している講師の先生は、緑川春という現役の女性ガラス造形作家であり、普段はアトリエ兼工房のようなところで創作活動をしながら時折個展を開いたり、主にネットを中心に色々なセレクトショップやガラス専門店に販売をしているそうだが、もっと多くの人にガラス工芸を身近に感じてほしいとの想いから三年ほど前からこの教室を開くことにしたそうだ。この教室に決めた理由は特にこだわりはなかったが、5,6人の少人数制の教室であることや初心者用の入門コースから気軽に通えるとのことがホームページに書いてあったからだ。そして、サイトの写真ではあったが、何よりこの先生のガラスアートの細やかな美しさに修一が一目ぼれしたのもあった。

 「今日から通うことになりました、形見修一と申します。まだ初心者ですが、どうぞ宜しくお願い致します。」

 修一がそう挨拶すると他の生徒さんらが拍手をして温かく迎え入れてくれた。

「えー今日から入門コースに通われることになりました形見修一さんです。ガラス工芸自体に触れるのが初めてだそうで、みなさん分からないことがあれば色々と教えていただければと思います。」

 緑川春先生は生徒さんの前でそう言い終わると、修一にさっそく席を案内してくれた。その日の参加者は修一を含めて5人ほどだった。一人は自分より少しだけ上の30代くらいに見えるがまだ若い男性で、それ以外には50代くらいに見えるあごひげを生やした風貌の貫禄のあるおじさんもいた。そして自分の席の目の前には二人のおばさんがいて、もう引退しててもおかしくないような初老とも言えるほどの年齢の人たちだった。修一が緊張した面持ちで席に座るとおばさんは

「宜しくね・・・」

とボソっと言ってきた。

「宜しくお願いします。」

修一は一言だけそう返事をした。

「えーと今日みなさんにやっていただきたいことは先日お伝えした通り、パート・ド・ヴェールと言われるもので、この技法を使って簡単なアクセサリーを作ることです。先日、私が簡単に手順を紹介してみましたので、もう一度おさらいをしながらそれぞれ創意工夫しながら作ってみましょうね。」

 何やら修一には何のことだか分からなかったので、ドギマギしていたら

「大丈夫よ・・・あなた初めてだから春先生が教えてくれるから。」

さきほど話したおばさんが自分の緊張した面持ちを心配してくれたのかそうひっそりと小声で教えてくれた。

「ありがとうございます。」

先ほどからこの二人は何やらひそひそ話をしているので友達同士のようだったが、片方の人は一向に修一と会話しようとせず、同じ人だけ親切にいろいろと話しかけてきた。恐らくもう一人の人は自分と同じで人見知りなのだろう・・・と修一は思った。

緑川先生が簡単に作り方の手順を説明すると、みんなそれぞれ創作作業を開始したようだった。他の人たちは机にあらかじめ用意されていた道具を取り出して黙々と作業に没頭し始めた。

「形見さん・・・ごめんなさいね・・・他の生徒さんもいらっしゃいますから・・・そうですね・・・今日初めてですもんね・・・教室の後で色々と伺いたいですけどまあ、授業中ですからさっそく何か作業をしてみましょうか・・・」

そう言って春先生は修一の横に立って色々な道具を取り出しつつ説明し出した。

「まず、これから修一さんにやっていただきたいことは、この粘土で型を作ることです。」

 彼女は修一に説明しながら、机に置いてあった作業用キット一式の中から、赤茶色のような色合いをした粘土の具材をある程度の分量取り出して修一の前にボンと勢いよく置いた。

「他の生徒さんには、以前別の課題の時に他の工程も少し説明してある程度体験してもらってるのですが、今日来たばかりじゃ分からないわよね・・・だから、今日はこの粘土で何か作りたいものを形作ってみてください。」

 いきなりそう言われても修一は何も考えてこなかったので、何をどうすればいいのやら少しばかり戸惑ってしまった。ホームページを見た限りだとこの初級者用の入門コースでは「パート・ド・ヴェール」という技法を主に学ぶコースらしく、まず粘土で形を作り、さらにそれを元に石膏で型を作るそうだ。そして、原料のガラスの粉と言われる特殊な材料で色合いをつけて好きなようにデザインをし、それから電気炉と呼ばれるもので焼き最終的にさましてから丁寧に研磨して出来上がる、といった工程だった。といっても、入門コースの生徒さんには幾分か難しい課題ではあるので、春先生が教室をぐるりと周り生徒さんを一人一人見ながら分からないところは都度アドバイスしたり、間違っているところは修正して調整しながら作業を進めていくのがこの授業のセオリーだった。

「え・・・と何でもいいのでしょうか・・・?」

修一は困惑してそう言いながらも、慌てて頭の中で何を作ろうかと悩んでいた。

春先生は少しだけくすっと笑いながら

「そんな肩に力を入れなくてもいいですよ。修一さんはまだ今日が初めてなんですから。そうだはね・・・簡単な小さな容器でも作ってみたら?」

そのように修一にアドバイスしてきた。

「はあ・・・」

そう言われて納得したようなしないような感じになった。

何でも、他の生徒さんは何度か作業を部分的にではあるがすでに経験済みなので、いきなりアクセサリーを今回作ろうということになっているそうだが、修一にはまだ難しいとのことで簡単な器を作ってみたらどうか?とのことだった。

「分かりました・・・」

 修一はそう言われて粘土を徐に取り出してさっそく作業に取り掛かってみた。といっても、粘土をこねくり回す作業があるなんて聞いてなかったのでほとほと困ってしまった。思えば記憶している限りでは、粘土なんて小学生の時以来まともに触ったことなどないのだった。おまけに修一は手先が不器用だったので、粘土が手先にまとわりついてなかなかうまく形作ることができなかった。

「いきなりの挫折か・・・?」

修一は心の中でそう思った。

「まあ・・・粘土は普段やってないと難しいですよね・・・慌てないで・・・今日はそれをずっとやっていていいですから。そもそも、一つの作品を創るには全工程合わせると数か月はかかるから・・・」

「そんなにですか・・・?」

「ええ・・・」

気が遠くなる・・・と思った。

春先生はにっこりそう言うと向こうの別の生徒さんの様子を見に行った。

 結局その日、修一はまともに粘土を作ることすらままならず授業は終了した。

 修一は自宅に帰ってから今日一日のことが悔しくて頭から離れなかった。そもそも自分は美しいあの日あの展示会で見たようなこの世のものとは言えない・・・そんな素晴らしい荘厳な模様のガラスを作りたいと思っているだけであり、粘土などにははじめから興味がないのだった。それに昔から自分は手先がいたって不器用だった。美術こそは昔から好きでデッサンや絵画は大の得意ではあったが、手先は超がつくほど不器用だった。だから、段々とこの授業についていかれるか不安を感じてきた。しかし、それと同時に修一はこの課題を乗り越えられないと、この世のものとは思えないあの「美しさ」には到底たどり着くのは無理なんだと感じていた。そう思ったらいてもたってもいられなかった。諦めてなるものか・・・そう思って修一は翌日さっそく家の近くのホームセンターで粘土の具材を買ってきて、来週の授業までの間、自室い籠って密かに猛特訓をすることにした。毎日毎日、朝から晩まで食事と一息つく休憩以外は、ひたすら粘土とにらめっこをしていた。最初は、中々うまくいかなかったがひたすら格闘していると段々と手が粘土の感触になれてきたような気がしてきた。よく分からずこねくりまわしていただけだったのが、次第に自分の意思で粘土を丁度いい形にちぎり、それを重ね合わせて整えていくことができるようになった。自分の手が粘土に振り回されているようだった感触が段々と、自分から粘土を操っているような感覚へとシフトしていって、粘土を自在にコントロールできているような気がしてきた。そして、翌週になりまたレッスンの日がきた。

「うまいは・・・修一さん・・・すごい上達ですよ。」

さっそく緑川先生に褒められた。

「センスいいわよ・・・先週とは大違い・・・見違えるくらい。」

やや大げさな表現だったが、修一は自室にこもっての猛特訓の効果があったのだと嬉しくなり、その言葉も素直に受け取れた。

「ありがとうございます。」

修一が恥ずかしそうにそうお礼を言うと

「もう少し手に水をつけて適度に粘土に穴をあけてからやるとさらにうまくいくはよ」

先生がそうアドバイスしてくれて他の生徒さんを見にその場を離れていった。

同じ作業机の向かい側にいた先週声をかけてきたおばさんが

「よかったはね・・・緑川先生、滅多に褒めてくれないからすごいわねあなた・・・」

驚いたような嬉しそうなそんな曖昧ともとれる表情をしながら、緑川先生が去ってから自分にそうひっそりと言ってきた。

「はあ・・・そうなんですね。」

なんでも、そのおばさんは小原さんという方らしく、普段は専業主婦をしているが老後の趣味ということで何かないかと地域の情報誌を見ていたら、近所でこの教室がたまたまやっているということを知りさっそく通い始めたそうだ。そして、娘にお孫さんが生まれたばかりらしく、将来的にはその可愛い孫のために子供用のガラスのコップやアクセサリーやおもちゃを作ってプレゼントしてあげたいそうだ。

「まあ、私はもう先行き短いからね・・・こんなことくらいしかもう子供のためにやってあげられることもないし。それに・・・年取ると他にやることないし何か目標がないと張り合いがなくなるでしょ?」

 修一はまだ若いし年配者のそんな気持ちなんて分からなかったしそんなものなのかと思ったが、母親からそんなものを受け取った娘さんはさぞ嬉しい気持ちになるだろうなとも思えた。

「はい・・・みなさん、今日の授業のまとめをやりますね・・・作業を終了してください。」

緑川春先生がそう言った後に、今日の授業のおさらいを軽くやってその日は終了した。みんなが先生にお礼を言いながら教室を去っていくと、春先生が修一にとっさに話かけてきた。

「修一さん、ちょっとお時間ある?」

突然そんなことを言われて僕は何だろう?と少しばかり緊張したが

「はい・・・」

と一言だけ返事をした。

 そして、みんなが帰ったあとに先生は修一にインスタントのコーヒーを差し出してくれた。

「ありがとうございます。」

そうお礼を言うと春先生は向かいに席に座って来た。

「修一さんすごい上達ね・・・驚いちゃった。」

「はあ・・・」

突然何を言うのかと思えば先生はまたもや褒めてきた。

「家で練習でもした・・・?」

先生は図星をつくかのように鋭くそうついてきた。

「はあ・・・分かるんですか?」

「そりゃあ・・・初日があれだけ不器用そうだったからね・・・最初は心配してたんだけど、上達がすごくて思わず驚いてしまって・・・」

不器用というのは当たっていたが、まさか他人に言われるとは思わなかった。でも、先生は嬉しそうだった。

「ありがとうございます」

「そうだ・・・もしよかったら3ヶ月後の発表会に作品を出してみない?」

いきなりそんな提案をされた。

「発表会・・・ですか・・・?」

「そう・・・自分で作った作品を一人ずつみんなの前で発表してもらうの。」

なにやらそのようなものがあるらしい。

「ええ・・・でも、まだ始めたばかりじゃ・・・」

「そうね・・・本当は半年から1年くらいたたないとまず誘わないんだけどね・・・何かあなたすごい熱心そうだと思って・・・多分いけるんじゃないかしら・・・」

先生はそんな風にしきりに僕を誘ってくれた。

「ありがとうございます。」

承諾するでもなく断るでもなく曖昧でいたら

「まあ・・・いけそうだったらにしましょう。まだ分からないけど」

先生はそう言った。

12.美のタカラモノ

 

あの後、僕はどこをどう通って家路に向かったのかも覚えていなかった。

正規社員にはもうなれない・・・?頑張ったら仕事で評価される・・・?それは一体どういうことなのだろう?と修一は思った。よしんば頑張ったとしてもそんな人生に明るい未来などあるのだろうか・・・?そして、得意なことを見つければそれを専門の仕事に・・・?

まったく現実味を感じないような話だった。思えば、勉強一筋で来た極平凡でつまらない自分に誰が見てもはっと驚いてくれるようなそんな特別なものなどあるのだろうか・・・?

 そんなことをうつむきながら途方に暮れながら色々と考えていたら、僕はついに迷子になった。いったいどこを歩いてるんだろう?ここはどこだ?そして、気がついたら都心のどこかの駅から少し外れた綺麗で静かな住宅街を彷徨い歩いていた。そして、ふと何かが目にうつった。

「日本美の神髄~ガラスの富士百景の世界~」

何やらガラス工芸というのかガラスアートというのかよく分からないが、修一の日常の生活とはほど遠い世界に見えた。何やら美術の企画展だか展示会のようなものらしかった。よく見るとそこは小さなちょっとした美術展が開かれている会場のようなものになっていた。そして、それは誰かの豪邸のような感じだった。どうやらそこを借り切って催されているようだった。

しばらく修一は何の当てもなくそこを入るでもなく帰るでもなくぼーっとして立ちどまっていた。すると、案内係か観覧用のチケットを販売する人なのか知らないけどオバサンらしき人が自分に声をかけてきた。どうやら会場の周りをうろついていたかと思ったらいきなり立ち止まったままだった僕のことを、多少不審に思ったのか気になったらしい・・・

「どうですか・・・?見ていかれますか?ご興味あれば・・・よかったらどうぞ・・・」

そう言ってきた。

どうやら不審者だと思われた様子ではないようだった。

「いえ・・・ただ、ちょっと気になっただけで、その僕は・・・」

突然のことなので戸惑ってしまった。

「素晴らしいですよ・・・片山廬山先生の風光明媚な美しい富士百景のガラスアート企画展です。」

 片山廬山というのは聞いたことのない名前だったが、どうやらこの企画展の出品者らしい。

「あの・・・」

僕が躊躇しているとオバサンは

「まあ・・・先生の作品はとっても有名なんですよ。「ガラス工芸の北斎」とまで異名を持つ方ですから・・・ですから、これは先生の代表作品なんですよ。」

まじまじと会場の中の様子を外から見ていた僕が美術に大変興味のある若者だと恐らく思ったのだろう。とことん積極的に勧誘してくる。

「え・・・じゃあ・・・それじゃ。」

そこまで言われると修一は思わず押し切られて会場の中へと入ることにした。

「え・・・とじゃあ2,500円になります。」

そう言われて僕は観覧料金を支払うと中へと誘われるまま入っていった。

「いっぱい勉強になることあるはよ・・・」

オバサンは恐らく僕が美大生とでも思ったのだろう。そんな風に明るく元気一杯に言われた。

後ろを振り返るとまだオバサンは僕に向かって笑顔を送っていた。

オバサンの勢いに押されて中に入っただけなのだったが、会場にはいると受付の人が立っていて

「観覧チケットはございますか?」

と言われたので、僕は荘厳な富士山とガラスの優美な絵が大きく描いてあったチケットを渡して端の方を切ってもらった。

「どうぞ、いってらっしゃいませ。」

僕は軽くお辞儀をして会場の世界へと入り込んだ。

会場はそこまで人がごったがえしてはいなかったが、そこそこの人数の観覧客が入っていた。

最初はそこそこの広さのホールのようなものがあり、そこに片山廬山のプロフィールが書いてある白い大きなボードのようなものが壁にかけてあった。美術館などで大方よく見かける類のやつだ。

(片山廬山(かたやまろざん、本名:片山巌(かたやまいわお)196〇年生まれ。日本のガラス工芸家。独自の表現法でもある廬山流の絵画の世界観をガラスアートに施し、魂の工芸家と称される。代表作は、ガラスの富士百景。そのため、「ガラス工芸の北斎」の異名をもつ。)

その先にも色々と、彼の生い立ちからガラスアートとの出会いや、大成するまでに至った道のりまで様々書かれていたが、軽く100行を超えていたため読み切れない思い、修一は途中で断念してしまった。そして、何よりも彼の作品をいち早くこの目で見てみたいという想いもあったのも確かだった。

 そしてエントランス付近の小さなホールを抜けて会場の中へと入っていくと、そこには見たこともないような美しい光景が広がっていた。

「すごい・・・」

修一は自分の目の前に広がる壮大な風景に一瞬で心を奪われた。これは、言葉では表せなほどの高揚感だった。そして魂ごとそちらへ吸い寄せられるかのように彼は一心不乱にかれの作品をみた。日本文化のような絵図のもの、自然の絵、ユニークで遊びのきいた絵などガラス細工の工芸品一つ一つに丁寧にそしてかつ優美に描かれていた。どれもタッチは繊細かつ大胆で、一瞬で人を引き付けるような何かが宿っていた・・・。それは、魂が宿っている・・・という表現ですらありきたりなくらいだった。魂が宿っている、というより自分の魂ごとそちらに引き寄せられてしまう、そんな世界観だった。

 修一は思わず感動して、普段は気にも留めなかったであろう街中の風景よりも遥かに熱心にそれをまじまじと見つめてしまった。作品を一瞬で素通りしてしまうのは何だかもったいないと思い、展示物一つ一つを丁寧に入念に分析するかのように見入ってしまった。

「・・・こんなの・・・初めてだ・・・」

ここ最近の修一は何かに感動することなどほとんど何もなかったのだが-少なくとも自分の頭の記憶にはなかった-この展示会でそんな気分は一瞬で吹き飛んでしまったようだった。そして、最後の方の大き目のホールには受付のオバサンが言ってた通り、富士百景の見事な絵が描かれた風光明媚なガラスアートの世界が待っていた。

 それは、まるで星空のプラネタリウムのステージに突然ワープして入り込んだような感覚だった。さっきとはまた別次元の異世界だった。そこにはすべての富士の美しい優雅な姿が丁寧にガラスに一つ一つ描かれていた。どれも、同じ富士山ではあるのだが一つ一つがまるで違う息吹を与えられているかのようで、それぞれどれも違った生命の美のようなものが見えた。そして、それは遠くからみても近くからみても別のような風景を味わえた。まさに日本文化の美だった。

「これは・・・本当にすごい」

凡庸な自分からは想像もつかない壮絶なアートの世界・・・

これがガラス工芸の神髄なのだろうか・・・

展示会はそこで終わりのようだったが、思わず会場を後にするのがもったいないくらいだった。もう一度会場の入口に戻って最初から見たいくらいだったが、さすがにそれは辞めて会場を後にすることにした。

「ガラス工芸の北斎・・・」

会場を出るときに修一は思わず口にしていた。

11.宣告

 

自宅に帰って来たのはさほど昔のことではなかったが、修一にとっては途方もないくらい時がたった後のように思えた。相変わらず変わらない殺風景な家の周りの景色と、実家の質素とも派手とも言えないちょうどいい雰囲気のリビングを見るとほっとしたような感じもしたが、又もや人生が何事もなかったかのようにまるで振り出しに戻ったかのようにも感じられた。タイムスリップにも似たような感覚を覚えた。そして、今父立彦にあの野間証券の事件の時と同じように自分はまた責め立てられるのではないか、と修一は危惧していた。

「仕事・・・クビになったんだってな・・・」

そら来た・・・と思った。

修一はあえて反抗するかのように何も返事はしなかった。

「琴さんも家を出てったそうだな・・・」

どこでどうやって知ったのか分からないが父はすでにすべてお見通しだったようだ。

さあ・・・これからいつぞやの時にようにまた説教が始まるのだろうと修一はうんざりするように身構えていた。すでに自分の心はズタズタに引き裂かれ、最近までわずかばかり残っていたちんけなプライドもすでに枯れ果てていたので、もうあの事件の時のようにいちいち動揺しなかったし、それゆえに何も驚きもしなかった。

「水川さんな・・・修一に謝りたいと言っていた。」

え・・・?

いきなり話題が変化球のごとくガラッと変化したのでその場の空気まで一新されたかたのようだった。

「なんでもな・・・修一に辞めてもらえば、娘の琴さんは結婚をきっぱり諦めて中絶してくれるとすっかり信じ込んでいたそうだ・・・あるいは・・・本当に好きだったらな・・・二人でどこか遠くへ言ってでも結婚生活は続けるだろうと・・・」

何やら話が急転換していて修一は会話に頭がついていっていなかった。

「どういうこと・・・?それって社長から・・・直接聞いた話なの?」

自分はようやくそう話を切り出すかのように聞くのが精いっぱいだった。

「うんまあ・・・先日電話があってな・・・水川さんもな・・・修一には悪いことしたって大変申し訳ないことしたって、電話越しに何度も謝られたよ。ただな・・・会社が倒産すると社員や社員の家族全員の生活がかかってるからな・・・経営者としてはやむを得ない事情だったんだよ。だからこそな・・・娘さんも納得して結婚を諦めてくれると思ってたそうだ。あるいは・・・それでも本気で好きなら二人で駆け落ちでもするのかなって・・・」

駆け落ちって・・・大げさな話だ。しかし、それが社長の考えだったのか・・・

「でもな・・・困ったことにそのどちらでもなかった。」

どっちでもなかった?確かに、彼女はアパートを出る時に「実家に帰る」と言っていた気がする。しかし、離婚するとは言ってなかった。あれから心配で琴に何度か連絡を取ってみたものの一向につながらなかったので修一にはあれ以来の諸事情を知る由もなかった。

「どちらでもなかったって?」

「お前・・・琴さんとは何も連絡取り合ってないのか・・・?琴さんは実家にも戻っていらっしゃったんだぞ?」

「それは・・・知ってるよ・・・」

僕はそれだけ答えた。

「まあ・・・それはともかく・・・彼女な・・・しばらくは実家に帰ってたそうだが・・・水川さんが、離婚のことや中絶の話をするとひどく怒ってしまったそうだ。それでな・・・じゃあ一緒にこれからどうするんだ?って聞いたが、それもまた怒ってしまってついに家を出ていってしまったそうだ・・・」

「ちょっと待ってよ・・・じゃあ・・・琴は・・・琴は今どうしてるんだよ?」

 僕は身を乗り出すようにして父親にそう聞いた。

「それは・・・分からない・・・いくら電話しても連絡がつかないそうだ・・・」

何だそれ・・・行方をくらましたってこと・・・?

「ちょっと待ってよ・・・まだお腹に子供がいるんだよ・・・どこに行ったっていうんだよ・・・」

父立彦も心配そうな顔をしてため息をついた・・・

「まあ・・・お前が心配する気持ちも分かる。でもな・・・お前や水川さんがいくら電話しても連絡がつかないということは、恐らく誰とも会いたくないということなのだろう。」

「誰とも会いたくないって・・・」

そんな・・・僕は心の中でそうつぶやくように言った。

「でもな・・・まあもういい年した大人なんだし、きっとどこか知り合いの家にでも泊めてもらってるのだろう。それでも連絡がつかないなら警察に届け出してもいいし・・・」

「そんな・・・」

 結婚式の時に来ていた高校時代の仲間たちのどこかの家にでも泊まっているのだろうか・・・?でも、いくら昔からの友達とは言え、そうそう長くいられる訳がなかった。琴のことがますます心配になった。そして、何より彼女が今必要なのは自分ではなく友達なのだと思ったらよけい悲しくなったし、そしてまた自分が情けなくなった。

「それはこっちで何とかするから・・・まあお前も時折彼女に連絡取ってみるなりしてくれればいい・・・」

「そういう問題じゃないだろ・・・」

自分は少し切れてしまいそうになって怒鳴り気味に言った。そうすると父も急に怒り出した。

「じゃあ・・・何か・・・今からお前が全国をかけずりまわってでも探してみるか・・・?本当にその覚悟があるのか?」

父立彦に痛いところをつかれてしまい、修一は何も言えなくなってしまった。

「それは・・・」

僕はそこから先言葉に出すのが怖かった。

「ほらみろ・・・お前はまず自分のことを何とかするのが先じゃないのか・・・?そもそもお前が不甲斐ないからこういう事態を招いたことが分からないのか?」

「・・・・」

父立彦の意見が最も過ぎて僕は再び黙ってしまった。

「それはそうと・・・お前にもう一つ重大な話がある・・・」

 重大な話・・・?琴とは違う話・・・?何だそれ・・・

「それって・・・琴と関係あるの・・・?」

僕がそう聞くと

「いや・・・これは直接は関係ない。お前自身の問題だ。」

僕自身の問題?

「いやな・・・最近巷で噂になってるそうだがな・・・なんていうかその・・・脳の障害らしいんだが・・・その、水川さんも言ってたが・・・発達障害というやつか・・・?彼の妹さんの息子さんも実はそれなんだそうだ・・・それで長いこと不登校になっていてほとほと困っているそうだ。だからな・・・水川さんも、もしかしたら修一くんもそうじゃないか?って・・・それで電話越しにとても心配されてた。」

 発達障害というのは修一も一度や二度くらい聞いたことはあった・・・確か、生まれつきの脳の機能障害か何かで得意分野と不得意分野に激しい差が出る病気のことだ。しかし、まさかそれが自分だとは・・・?

「いやな・・・彼は修一がミスばかり頻繁に起こすのがとても信じられないというんだ。真面目で仕事熱心で物覚えもいいし気もきくし・・・何よりかれはお前の誠実な人柄が好きだそうだ。だからこそな・・・そういう些細なケアレスミスばかり発生するのが腑に落ちないと思ったそうだ。」

父、立彦がそう言うと僕は何も言えなくなり下をうつむいたまま黙ってしまった。

「まあ・・・あれだ・・・これから先のことも考えないといけないし・・・一度病院で診てもらった方がいいんじゃないのか?」

 父がそういった途端に自分でもそうじゃないかと段々不安になってきた感覚だけは修一自身分かった。嫌だが自分のためにはっきりさせるしかないのだろうか・・・?

 あの日以来、修一は自分の発達障害が気になって仕方がなくなったのでさっそく以前通っていた精神科である宇月クリニックの予約を取り、発達障害の検査を受けることにした。正直なところ、心のどこかではこんな検査は受けたくないとは思っていたが、はっきりさせないことには先には進めないような気がした。そして、これは何よりも自分のためでもあった。

「お久しぶりですね・・・形見さんですよね・・・確か・・・」

宇月医院長は修一のことを覚えてくれていたようだった。野間証券で事件を起こしてクビになってからしばらく不眠が続いていたため半年ほど通院していただけだったが、覚えてくれていたのはいささか嬉しかった。

発達障害の検査ですよね・・・?」

「はい・・・」

僕は一体何の検査をするのか聞いてみた。

「いや・・・これはそんなに難しい検査ではないのですが、簡単なペーパーテストと、面接官と一対一でやり取りしながら図や絵を見て判断してもらうテストです。概ね小一時間もかかりませんから・・・」

「そうなんですね・・・」

僕は不安になりながらもそのテストを受けた。

宇月医院長の言った通り本当に短いテストだった。ペーターテストの他に、面接官に指示された通りに図や絵を見ながら何らかの回答をするような形式のいたって簡単なものだった。こんなんで本当に結果が分かるのだろうか・・・?

「結果は、1週間後に出ますからまたご予約ください。」

そして、結果はでた。

結果は・・・発達障害と出た。

「重度というほどではないですが、多少ADHDの傾向が見られます。ですが、ほとんど軽症の人ならテストの結果には反映されることはまずないですので、病名がつくほどの特徴は見られます。」

ADHDというのは注意欠陥・多動性障害というもので、興味のあることにはとことん集中してしまうが、興味のないことには注意がいかなくなり落ち着かない症状が出る病気で発達障害の一種らしい。普通は、幼少期か少なくとも学生時代に症状が現れるので学業不振に陥ったりすることが多いため多くの親は気づくそうだが、まれに勉強が興味あることである場合があるらしく、そういう子は学生時代は成績が優秀であることが多いため大人になるまで気づかなことがほとんどだそうだ。

宇月院長にそう言われたときのショックははかりしれなかった。

「今まで、さぞ辛かったでしょう。」

そう言われてほっとしたと同時に不安もよぎった。

「あの・・・これから・・・どうすればいいでしょうか・・・?」

そう言われて宇月医院長は困り果ててしまった・・・

「そうですね・・・そう言われても私には何もアドバイスできることはありませんが・・・最近は障害者雇用などを積極的に行っている企業も増えてきていますし、頑張り次第では障害者でも正規の社員よりも仕事が評価されて年収が高い人までいます。それに・・・発達障害というのは得意不得意が激しいですので、自分の強みを見つけられればそれを専門の仕事にされている人もいます。」

宇月医院長にそう言われてみたものの何をどう頭を整理すればいいのか分からなかった・・・・

「大丈夫ですよ・・・今は発達障害のコミュニティーとか福祉関係の機関がたくさんありますから・・・何か困ったことがあればいつでも相談に乗ってもらえますから。」

 医院長はにっこり微笑んで僕にそういった。

「ありがとうございます・・・」

 僕はお礼を言って病院を後にした。

10.孤独

 

アパートは僕以外誰もいなかった。僕はもはや抜け殻のように壁にもたれかかっていたので、気配すら発してはいなかった。なので、はたからみたらもぬけの殻のような部屋に見えたことだろう。

「少し・・・考えさせて・・・」

琴はそう言ってアパートを出て行った。

あの夜、僕は正直にすべてを話したが、ショックで信じられなかったみたいでしばらくは黙って呆然としていたが、途端に泣き出してしまった・・・

「おい・・・だ・・・だいじょう・・・」

 そう僕が言いながら彼女にそっとふれようとしたら

「これから・・・どうするの・・・?私たち・・・どうなるの・・・?」

しくしくと泣いているようだったが、その声にはどこか怒りと悲しみがこみ上げていた。

「それは・・・僕らで話し合って・・・」

「話し合うって何よ・・・もう子供も生まれてくるのに・・・」

それを言われて何も言えなくなり僕もその場で黙ってしまった。

そして、それっきり会話もなく彼女はアパートを去り次の日に、お腹の中の子供と一緒に実家へと帰って行った。

 それから何日続いただろう・・・

僕はもはや何もかもどうでもよくなり自暴自棄になりかけていた。朝っぱっから酒を飲み、レトルトやインスタント食品ばかり食べ、台所の流しはろくに片付けもせずに悲惨な状態になっていた。捨てに行くゴミもたまっていて臭いが充満し出して次第に隣の部屋から苦情が出たらしく、大屋さんが厳重注意しに来た。それで、ふと我にかえり生活を再び取り戻そうとして部屋は一旦綺麗にはなったものの、また再び自堕落な生活になり始めた。そしてそんな日々がもう何か月も続いた・・・

そんな最中、穂乃花から久しぶりに連絡があったりもした。

「久しぶり・・・修一。私はまあまあだよ・・・結婚式のときは突然ごめんね。あの時は私も少し動揺してたからさ・・・聞いて!私こんど初めてプロジェクトのリーダーを任されることになったんだ。だからね・・・もしよかったら修一にお祝いしてもらえないかなって・・・もう昔のことは綺麗さっぱり忘れてさ・・・結婚したばかりだからお忙しいと思うけど、予定とか・・・どう?奥さんに怒られちゃうか・・・元カノからの呼び出しだなんて・・・」

 そんな内容のメールがLINEに入っていた。よく読むともう数日前に来た内容だった。そして昨日の夜に改めて違うメールが入っていた。

「返事・・・ちょうだいね。」

中々返事が来ないから気になったのか、再度送信したようだった。僕はもう何日もスマホの電源なんてつけてなかったから浦島太郎状態だった。

「久しぶり・・・元気だよ・・・」

いきなり嘘をついた。

「元気そうでよかった・・・結婚式のときは僕も突然でびっくりしたけど・・・」

 そう書きかけたけど、僕はやるせなくなって書きかけたLINEのメールを全部削除してしまった。

 そして、僕はその夜は駅前にある個人営業らしき居酒屋に入り浸った。生ビールから、サワー、梅酒、ジンリッキー、日本酒、そして焼酎ロックまで軽く10杯くらいは気づけば飲んでいた。もうベロンベロンの状態でテーブルにうつぶせになってしまっていた。そして、最後の客になっていた。

「お客さん・・・大丈夫ですか?そろそろ閉店なので・・・」

カウンターの向こう側からそう言われて僕は顔をあげると、店主の顔がもはやぼやけて映った。

僕は力も完全に抜けてよろよろしながら靴を履くと

「大丈夫ですか?」

と店主が慌てて肩を貸してくれた。

そして、何とか勘定をすませて、店先まで連れていってもらった・・・

「大丈夫ですか?」

親切な店主らしく修一のことを心配してくれた。

「はい・・・じ・・・地元・・・なんです・・・すぐそこですから・・・あ・・・ありがとうございます、ひっく」

 呂律も回らなくて、おまけに強烈なしゃっくりが最後に思わず出てしまった。

僕がよろけながら不安定に夜道を横に往復するかのように歩きながら帰っていくもんだから、店長は心配そうに最後まで見届けてくれているようだった。

 ようやく、アパートに着くと意識もなく一瞬で寝ついていた。もう記憶がすっ飛んでいて気がついたら翌朝になっていた。

「は・・・」

寝間着に着替えもせずに仰向けになったまま、朝の日射しがアパートの窓を伝って自分の顔に語りかけるように起こしてきた。

「なに・・・やってんだか・・・」

 自分がほとほと情けなくなった。朝ご飯を何とか食べ終わり歯磨きをして、リビングにあるノートPCのネットバンクの預金のデータを見てみた。改めて気づいたがどんどん残高が減っていた。現実から逃げたいから、修一はまたコンビニに酒を買いに行こうと外に出ようとするとピンポーンとなった。

ドアを開けるとそこには父立彦が立っていた。

9.波乱浮上

 それからしばらく時がたった。

僕はすでに実家を出ていて、琴とひそかに二人で暮らし始めていた。琴がまだ妊娠2か月目で不安だから、実家に近い場所がいいとのことで、蒲田に近いとある駅前のこじんまりとした安いアパートで暮らすことにした。駅前と言っても繁華街を抜けたところの2,3分歩いたところにあったのだが・・・

決して贅沢な暮らしはできなかったけど、幸せだった。何気ない日常の幸せというものなのだろうか・・・今までの自分とはうって変わって質素で素朴で何にもない人生だったけど・・・決して華やかなエリートの世界でもなんでもなく小さなネジ工場の生産管理の仕事だったけど・・・でも、そんな自分を信頼してくれている社長や自分を支えてくれてる琴がいれば他に何もいらなかった。それ以外は何もいらない・・・そう思えるような幸福感は今まで感じたこともなく、生まれて初めてのことだった。

「形見くん、もう仕事行く時間だよ」

僕はちょうど琴が作ってくれたご飯と目玉焼きの朝食を食べ終わってネクタイを調整しているところだった。

「うん・・・いま行くよ。」

「ほら・・・形見くん、急いで。」

琴が僕に仕事用の黒い鞄を持たせてくれた。

「ありがとう。」

僕が慌てて革靴を履きながらお礼を言って鞄を受け取ると

「ほら・・・パパに行ってきますは?」

琴はお腹を撫でながらそういった。

「朝から恥ずかしいだろ。」

僕は照れながらそういった。

「いいじゃない・・・もうすぐ生まれてくるんだから・・・」

「そりゃそうだけど朝っぱっからはちょっとさ・・・」

僕は面倒くさそうにそう言うと

「あ~せっかくパパに名前つけてもうおうかと思ってたのにねー。」

琴はパパをからかうように妊娠二か月目のお腹の中の我が子に向かってそういった。

「なんだよ・・・二人そろって・・・もう男の子の方の名前はそっちが決めたっていったじゃないか」

この前の晩の夕食を食べている時に二人で子供の名前をどうしようかと、あれやこれやと考えていたのだが、結局修一は優柔不断で決められなくて琴が男の子の名前だけ思いついたのだった。

「大誠はどう?」

「大誠か・・・かっこいいな・・・」

僕がそっけない感想を言うと

「かっこいいとかそんな単純な理由じゃなくてさ…」

彼女は少し不満げだった。

 何でも、琴は僕のように誠実で真面目で優しい男の子になってほしいと思ってひとりでひそかに考えていた名前だそうだ。

「どう・・・素敵でしょ?」

「うん・・・とっても」

琴は嬉しそうだった。

「じゃあ・・・女の子の名前はパパの宿題ね・・・」

そう言って女の子の名前はパパ担当になってしまったのだった。

そんなことを思い出していたら

「ほら・・・何ぼーっとしてんの・・・形見君、遅刻しちゃうよ。」

彼女にそう言われてふと我に返った。

「うん・・・行ってきます。」

僕がアパートのドアを開けて外に出かかろうとしたときに

「あ・・・ごめん・・・そういえば言い忘れてた。」

彼女が急に止めてきたので僕は慌てて振り返った。遅刻しそうだっていったのは琴の方なのに・・・

「何・・・?」

「あのさ・・・昨日の夜、修一がまだ帰る前にお父さんから電話があってさ・・・それで何か修一に今日朝一に話したいことがあるって。」

「社長が・・・?」

「そう」

一体何の話だろう?と思った。というのもいつもは会社で話があるときには社長は必ずといっていいほど直接自分を会議室に呼び出すことがほとんどだったからだ。なぜ、自分にではなく娘に連絡したのだろうか?

ともかく遅刻しそうだったので僕はまた慌てて外に出て駅へ向かうことにした。

駅まで向かう途中に何やら胸騒ぎがした。雲がいつもよりくもっていて気分も滅入るような感じだった。

「修一君、ちょっと・・・」

会社に着くなり社長に呼び止められてデスクに座る前に会議室の方へ呼ばれた。

「ちょっと話があってね・・・まあ、琴から聞いているかもしれないが・・・」

さっき琴から聞いていたので、心の準備はある程度はできていたが、それでも何やら緊張感が走った。

水川静社長は会議室の窓辺に立って外の様子をしばらく眺めていた。窓の外からは工場現場が見えてそこを行きかう作業員の人たちの姿が見えた。朝一の仕事の準備に取り掛かるために毎朝この時間帯は大忙しなのだった。

「あまり・・・いい天気じゃないな・・・」

社長はため息をつきたいとばかりにそうぼそっと窓の外に向かって独り言のようにつぶやいた。

「修一君は・・・真面目で誠実で・・・仕事も熱心だし・・・それにお父さんに似て本当に人柄がいい。今どき珍しいくらいだよ。」

社長は窓の外を向きながら話し始めた。

僕は社長の言いたいことの要点がまだつかめてなかった。

「それに・・・頭もいいし物覚えもいい・・・」

社長はさらに続けてそういった。

「本当に・・・琴と幸せになってほしい・・・そう思ってた。」

 何やら深い意味があるともとれる言い方だったので、さすがに鈍い修一でも少しだけピンときた。

「あの・・・それはどういう意味でしょうか?」

僕は恐るおそるそう聞いた。

「はー」

社長は一瞬ため息をついたが、すぐに続けて話し出した。

「君の仕事のミスの件でね・・・昨夜・・・事故があった。」

衝撃の言葉だった・・・

事故・・・

久しぶりの感覚だった・・・

それはそう・・・あの野間証券の時以来の・・・

「事故って・・・それは・・・?」

僕はとっさに身を乗り出しながらそう聞いた。

「昨夜・・・作業員の近藤くんが機械に手を挟まれて人差し指を失った。見事な残酷なくらいぱっくりとね・・・幸い命に別状はなかったからよいとして・・・これは、修一君・・・君の生産スケジュールの管理ミスで起きたことなんだ。」

 修一はショックで話があまり耳に入ってこなかったが、どうやら事実のようだった。社長の話によれば、修一が社長や工場長に確認せずに顧客の要望を丸のみして勝手に生産計画を作ってしまい、それが生産ラインをパンクさせてしまったようだった。

「これは・・・君だけのせいではないけどね・・・でも、一度僕か亀山くんに確認してもらいたかったな・・・」

 精一杯フォローするつもりで社長はそう言ってきたが、すでに修一の心は動揺を隠しきれなかった。

「この時期は顧客からの注文が殺到するからね・・・よくあることだから僕もミスに気付かなかったのもあるんだけど。」

社長は顧客からの依頼で、新規ネジの開発と受注および生産体制の確保の計画を検討中だったため、頻繁に会議に出るために外出していたので修一のミスに気付いたときにはもう手遅れだったようだった。それに、亀山工場長も社長に同行していて現場を離れることが多かったため、修一と連絡を取り合っている時間があまりなかった。

「まあ・・・これは君だけの責任ではないけど・・・でも、それだけ大事なことなのだから一度僕か工場長に確認してもらいたかった。」

 社長は残念そうに下を向いてそういった。

「あの・・・ほんと・・・・本当に申し訳ございません!」

僕はどうしたらいいのか分からず下を向いて精一杯謝罪した。

「まあまあ・・頭をあげて」

 今までずっと窓の向こう側を向いていた社長がいつの間にかこちらに顔を向けてそういった。そう一言言うと、社長は煙草に火をつけて会議室の窓を開けて外に向けて一服し出した。彼は一向にこっちと目を合わせる気配もなくそのまま煙草をずっとふかしながら工場現場の方を眺めているようだった。その様子を見ながら社長とのここ二年の出来事を修一はとっさに思い出し始めた。思えば、社長に会議室に呼び出されたことは一度や二度ではなかったことを思い出した。最初の頃は仕事にまだ慣れてないからということでミスも多めに見てくれていたが、次第に1年を過ぎたあたりから会議室に頻繁に呼ばれるようになったのだった。それの大半が修一のミスによる事故が原因だった。生産管理という仕事の性質上、どうしても数字を扱うものなのでケアレスミスが目立つようだった。ある時は、材料の種類や数量の誤発注によりその日の生産ラインに影響が出てしまったり、ひどい時は日付まで間違えてしまったりして、その日の生産工程そのものをストップせざるを得なくなり丸一日穴をあけてしまうこともあった。そのたびに社長からは厳しく怒られたが、社長は修一には期待していたので最終的にはいつも大目に見るのであった。たとえ大型受注案件で大赤字が出た時でも修一をクビにしようなんてことは考えなかった。そのたびに社長は顧客に頭を下げに行って修一をそこまで叱責することはなかった。しかし、さすがにこうもミスが絶え間なく続くとなると、社長は段々と修一のことを信用できなくなっていたようだったから父立彦に何度か相談したそうだが、すかさず父の立彦が社長に頭を下げに行ったそうだ。それで、知り合いからの必死の頼みとあっては断れるはずもなく再び社長は修一を真剣に面倒みると決めていたようだった。しかし、今回の一件でその信頼もいよいよ崩れてしまったようだった。

「本当はね・・・もっと前から話そうかと思ってたんだけどさ・・・お父さんのこともあるし・・・それに僕は君の人柄が好きだしね。そして、娘の琴のこともあるし・・・絶対に君を立派なパートナーに育て上げるつもりだった。」

 本当に社長の信頼を裏切ってしまったようだった。

「だから・・・残念なのは僕の方なんだよ。」